忍者ブログ

JFRMCブログ

JFRMCについてのメモです。

レーサーズ外伝 Vol.01 YZRとエディー・ローソン(2)

続きです。
「塩原:0W61から0W76までは1番&3番が同爆の2番&4番が同爆です」
の理由は
「これらの機種ではクランクが2本とも正回転だったので、そのオーダーにしないと振動を消すことができないからです」

 40度V・前後2気筒(正回転)の慣性力の釣り合いを考えてみる。

〇前後同時点火(記事のとおり)
 図のように1気筒の不釣り合いの1.88倍の不釣り合いになります。



〇前後180度間隔点火
 図のように1気筒の不釣り合いの0.68倍の不釣り合いになります。


 
V型4気筒では180度位相のずれた2気筒が横に並びますから、この不釣り合いは、力は打ち消されますが、偶力が残ります。したがって、前後180度間隔点火が望ましいのですが、塩原氏はなぜ勘違いしたのでしょう?

PR

レーサーズ外伝 Vol.01 YZRとエディー・ローソン

購入しました。
 一つ気になる点を指摘しておきましょう。61頁中段終わり
「-ではシリンダーの点火順序は?」
「塩原:0W61から0W76までは1番&3番が同爆の2番&4番が同爆です」

 ところがその上の0W61のレイアウト図を見ると、前後気筒でロータリーディスクバルブを共有しており、図でも1番、4番の吸気ポートが開いています。つまり対角線上の気筒がそれぞれ同時点火であることを示しています。そもそも前後気筒のロータリーディスクバルブを共用する構造上、どうしたって前後気筒(1番&3番、2番&4番)で同時点火にはなりません。

 塩原氏が勘違いしていると思われますが、それをそのまま掲載し、同頁下の各マシンの諸元にも記載してしまう方も問題です。
(続く)

岩国基地フレンドシップデー

行ってきました。5月の連休は家庭の事情で無理だったのですが、今年は4月中旬になってからなんとか5月連休の予定が空きました。いつも岩国は無理だと思っていたので、「あれ?岩国に行けるかも」と気が付いたのは4月末。

 日程は空いたのですが、連休・・・切符はなんとか確保しましたが、宿泊施設は無理、この年になってインターネットカフェを初体験しました。岩国駅から基地まで、シャトルバスは待ち時間があてにならないので、信頼できる自分の足で基地まで。西門を入り手荷物検査受けたのは8時少し前。そこから展示スペースまでが遠かった。

 岩国は2014年に海自のイベントに行きましたが、今回は米軍と自衛隊の共催なので展示機数もかなり多く・・・詳しく紹介される方がいるでしょうからあえて書きません。
 今回の(私にとっての)目玉の一つ、F35B。
 


 これは展示のみで、これとは別の機体がまずデモ飛行。そしてイベントの最後でも2機飛びました。
 予定にあったF16のデモも1回だけかと思っていたら2回行われ、MV22オスプレイもこれでもかと飛行。FA18D、KC130の飛行もあり、大満足。自衛隊では築城のF2がリモートで飛行展示したのみで、海自の飛行がなかったのが残念ですが、民間空港も兼ねたこの基地では、時間的に無理なのかな?

 米軍基地ならではの食べ物ですが、ものすごい人で店に並ぶ時間が惜しいので、アメリカの菓子と土産に買っただけでした。

 イベント終了後は往路と同じように岩国駅まで徒歩。いい運動になりました。交通も少し時間をかければ広島発の新幹線自由席に乗れるので楽でした。
 でも、今日がお休みでよかった。

バッテリー上がり

2016ロードスターSのバッテリーが上がりました。納車から2年ちょっとです。

昨日、50km程走行して帰宅、エンジン停止して降車、リモコンキーで施錠しようとしたが施錠できず、鍵で施錠。リモコンの電池が切れたのかと思ったのですが・・・

今日、もう一つのリモコンキーでもうんともすんとも言わない。ドアを開け閉めしても、窓ガラスが動かない(昨日は動いた)のでバッテリー上がりと判断。Vitzからブースターケーブルを繋いでエンジン始動しました。上がったのが帰宅後でよかった。

いままで、VWゴルフでバッテリー上がりを経験したことがありますが、その時はエンジン停止→降車→施錠→30分買い物→開錠→乗車→始動せず でした。今回はエンジン停止直後、すでに施錠できない状態。まさに「突然死」という症状でした。

それにしても早すぎるバッテリー上がりです。こんなバッテリーは充電しても信頼できないので、新品バッテリーに交換、税込17000円+でした。もちろん、交換前とは別のブランドです。

マイク・ヘイルウッドとドゥカティ

こんな記事があった。
http://www.virginducati.com/manofducati/md02/

(写真説明)「マイク・ヘイルウッド、19歳。ドゥカティの2気筒175ccレーサーをテストした。この後、彼はこのマシンでGP優勝を果たす」
(本文)「175ccレーサーを駆って最初の3レースをすべて3位入賞、アルスターでは初のGP優勝をもぎ取り、スタンの期待に応えるのだった」

 世界選手権に175㏄クラスはない。そしてヘイルウッドのGP初優勝は1959年アルスターGP125㏄クラス。

「1957年、175ccのMVアグスタが彼にとって初めてのレーシングオートバイだった」

 125㏄の誤り。ライター氏は175㏄と125㏄の区別がつかないようだ。

 「翌年から彼はホンダ・ワークスチームに参加し、マン島TTではホンダとマンクス・ノートンで優勝、さらに250cc世界GPでは三回の優勝を果たし、シリーズチャンピオンも獲得するのである」

 ヘイルウッドは1961年250㏄クラスで4勝している。マン島でのホンダによる優勝のクラス(250㏄)が書かれていないので、よく分らない文になっている。

「翌62年にはMVアグスタに乗り500㏄世界GPをも制覇、チームメイトのジャコモ・アゴスチーニとともにMVアグスタのレース史に華々しい成績を残している」

 アゴスチーニがヘイルウッドのチームメイトだったのは1965年だけだが・・・なお、ヘイルウッドは1961年後半にはMVに乗っている。

「その後、再びホンダに戻ったヘイルウッドだが、計77回ものGP優勝という記録を持った彼をしても」

 76回の誤り。

「74年にニュルブルクリンクで大クラッシュに見舞われて、ヘイルウッドは左足を損傷する」

 右足の誤り。ヘイルウッドは本来、右足シフト/左足後ブレーキだったが、右足が不自由になったため、1978年の二輪カムバックの際には右足後ブレーキ/左足シフトに変えていた。

 他にもおかしな記述はあるが、これくらいにしておこう。



カレンダー

07 2018/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

リンク

カテゴリー

フリーエリア

最新CM

[03/07 野田]
[03/05 読者]
[03/04 野田]
[03/03 読者]
[02/25 野田]
[02/25 齋藤勝之]
[02/01 野田]
[01/31 POLO]
[06/27 山元 正年]
[04/10 野田]

最新記事

最新TB

プロフィール

HN:
野田健一
性別:
男性

バーコード

RSS

ブログ内検索

アーカイブ

最古記事

P R

カウンター

アクセス解析