かつてのF-1エンジンについて
「8気筒エンジンの最高出力時回転数は12気筒エンジンより1000rpm低く、12気筒エンジンと比べ無理のない余裕のある設計である」
と言えば笑われるだけです。しかし、第二次大戦中の航空機用ガソリンエンジンについての記事ではこのレベルが普通で、気筒あたり排気量が異なるエンジンの回転数を単純比較した記事をよく見かけます。
「三菱航空エンジン史 大正六年から終戦まで」松岡久光 グランプリ出版2017
「(中島)「誉」の最大回転数は3,000回転/分であり、(三菱)A20は2,900回転/分となっている」 「この差は一見小さいものに見られるが、主クランク軸受にかかる荷重は回転数の二乗に比例して大きくなり、これほどの高回転を採用していた発動機の信頼性に大きな影響を持つものになる」
「先行していたアメリカのプラット社やライト社の2,000馬力クラスの対応発動機が、この回転数を2600ないし2700回転/分程度に抑えて、無理な値を採っていないことを見ても~日本側の高回転採用は背伸びしすぎていた感は免れないと思う」
「悲劇の発動機「誉」」前間孝則 草思社2007
「(田中監督官の回想)「誉」と同クラスのエンジンであるR2800やR3350などの毎分の回転は2600とか2800で、「誉」みたいに3000じゃない。悠々と回っている。大量生産向きにゆとりのある設計しているんだなあと、あらためて感じました」
「(著者の記述)世界を見渡すとき、傑作エンジンで毎分3000回転に達しているのは「マーリン」である~稀有な例であって、他国のメーカーがたやすく真似できるシロモノではない」
レーシングエンジンでは、最大回転数は気筒あたり排気量の1/3乗に略比例します。下表は記事に登場するエンジンについて、排気量、気筒あたり排気量等々、誉の回転数を3000rpmとしてこの1/3乗則により換算した各エンジンの回転数(右端列)を整理したもの。換算式はA20を例にとると 3000×(1.99/2.31)^(1/3)=2855 。
誉の3000rpmをA20の気筒あたり排気量に換算すると2855rpmで、A20の公称2900rpmより小さな数字になります。これは誉の3000rpmという数字は(A20との対比で)その気筒あたり排気量からすると低めの数字であることを示します。
本表の引用記事中の各エンジンの回転数は、その気筒あたり排気量からすると(マーリンを除いて)概ね同じレベルのように見えます。
著者達は、回転数が制限因子だというなら、なぜ回転数が制限因子になるかを理解すべです。上の記事で「主クランク軸受にかかる荷重は回転数の二乗に比例して大きくなり」とあります。確かに慣性力は回転数の二乗に比例するが、同時に(気筒数が同じなら)
エンジンストロークと往復運動部質量に比例する
↓
排気量の4/3乗に略比例する
ことを全く理解せず、排気量差を無視して回転数を単純比較しているのです。