レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
元スズキの中野広之さんのサイトが2025年中頃に移転しています。
新ホームページは
日本モーターサイクルレースの夜明け
です。私のウェブサイトから多くの記事から中野さんのページにリンクしていますが、修正しきれていません。
ブログ記事からのリンク修正はあきらめています。

Bonhams Cars : 1977 Suzuki 500cc XR14 RG500 Frame no. RG500-1201 Engine no. RR1202RG500
ホンダ・コレクションホールで展示されていたマシンですね。
RG500(XR14)の後ろに写っているMVアグスタ500も売りに出ています。
Bonhams Cars : c.1965 MV Agusta 500cc Four-cylinder Grand Prix Racing Motorcycle Frame no. *1 1 0 9* Engine no. 1109
このXR14は1977年型です。コレクションホールの説明プレートには「スズキ RGA500 XR22」とありましたが、グランプリ・イラストレイテッド誌のデタラメ記事を信用したのでしょうか?(SUZUKI XR)
TEAM SUZUKI by Ray Battersby, Osprey 1982/Parker House 2008によると、1982年当時、イギリスに1201/1201(エンジン番号/フレーム番号)と1202/1202の2台のバリー・シーン用1977年型XR14が現存することになっていました(他にもう1台あり)。
これからすると、オークションのマシンは1982年当時の2台のエンジン/フレームを交換したものということになりますが、TEAM SUZUKIに書かれたのは4桁数字のみで、数字の前後の文字が何なのか書かれていなかったので、オークションのマシンの1202/1201と1982年当時の2台との関連はよくわかりません。
何れにせよ、貴重な個体が(おそらく)海外流出するのは残念です。日本にある時に見ることができてよかった。
オークションの情報はこちらで知りました。
(4) The Mizz on X: "4月のBonhamsに出てるこの2台、ホンダが持ってたやつだな…この2台売るとは思わんかった ↓RG500 https://t.co/CdqHZ44rTr ↓MVアグスタ https://t.co/jhOJZff1lR https://t.co/Y8X2e484RS" / X

スズキ独自の「油冷エンジン」ってナニ? ドコが凄いの?(バイクのニュース ) | 自動車情報・ニュース - carview!
「とはいえ「熱いエンジンオイルを吹き付けても、さほど冷えないのでは?」とも感じますが、これは簡単な実験で理解できます。手の平にハァ~とユックリ息を吹きかけると暖かく感じますが、口をすぼめてフーッと勢い良く吹き付けると冷たく感じます。息の温度は同じなのに冷たくなるのは、手の平の表面の暖かい空気の層を吹き飛ばしているからです。」
実験開始前の状態は
赤文字 息の温度>手の平の表面温度
青文字 息の温度<手の平の表面温度
と読めてしまいます。
実験してみました。
1 手の平で口を覆い、ゆっくり息を吹きかける→手の平は暖かく感じる
2 手の平で口を覆い、口をすぼめて勢いよく息を吹きかける→手の平は1より暖かく感じる
3 手の平から少し口を離して、口をすぼめて勢いよく息を吹きかける→手の平は1より冷たく感じる
3は、息の流れが周辺の空気(冷たい)を引きずって手の平にあてるからでしょう。
さて、元スズキの横内悦夫氏(故人)は次のように語っていました。
「そんなころ、ふとしたことから第二次世界大戦で日本が誇ったゼロ戦を負かしたアメリカの戦闘機P51ムスタングが社内で話題になった。エンジンの冷却方式に話を向けると、誰かが「あれは液冷だよ」と言った。私は「液冷だよ」の“液”の一語に気持ちを奪われた。そして、こう考えた。水冷式の水は液の中の一つにしかすぎない。水以外の液はないものかと。すると、エンジンには潤滑用のオイルがあるではないか。これも“液”だ。このようにオイルを使った“液冷エンジン”はできないものか、と発展していったのである。」出典:世の中の流れを変えよう81-90
P51のロールスロイスのマーリンエンジンをアメリカのパッカードが生産した「パッカード・マーリン」ですが、マーリンエンジンの冷却液はエチレングリコール97%から水70%+エチレングリコール30%に変更されました。
ウチューじん・ささき on X: "ロールスロイス・マーリンもアリソンV-1710も初期型は高濃度(97%)エチレングリコール冷却液でしたが、パワーアップに従って冷却能力が不足し、水70%+グリコール30%(不凍液)を加圧して沸点を100°C少し上にした冷却方式に変更されました。" / X
Pilot's Flight Operating Instructions, P-51-D-5
P51のパッカード・マーリンはP51B以降の型に搭載されましたが、出力から考えてパッカード・マーリンは当初から水70%+エチレングリコール30%だったと思われます。
スズキの油冷エンジンの多くが消え、替わりに多くの水冷エンジンが登場しました。歴史は繰り返す。

については元スズキの中野さんのウェブサイトをお読みください。
1963-世界選手権レ-ス 本文-2
鈴鹿サーキットで3回のテストを重ねた上で日本GPに出場したとのことですが、米津浜テストコースでもテストが行われたようです。
サイクルワールド(アメリカ) DECEMBER 1963 | Cycle World にテスト中の写真があり、撮影場所は鈴鹿になっていますが、この風景は米津浜テストコースです。
この写真は日本のThe Motor Cycle(誌)の提供によるものとのことですが、モーターサイクリスト誌のことだと思われます。TEAM SUZUKI by Ray Battersby(Osprey 1982/Parker House2008)によると写真を撮影したのはYori Kandaです。
Yori Kandaは神田頼樹(かんだ よりき)さんのことで1970年代以降、いわたげんというペンネームでも有名でした(故人)。
「鈴鹿」とされた理由ですが、
〇サイクルワールド側の勘違い。
〇「米津浜」とすると、スズキ関係者の責任問題になることを避けるためにモーターサイクリスト誌側で「鈴鹿」とした。
の何れかでしょう。