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JFRMCブログ

レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

RACERS Vol2(3)

 66頁のQ50のボトムリンクサスのマシンの登場時期について、イギリスGPでボトムリンクサスのマシンが使用されていない根拠の一部を示すことにしました。
 
http://www.youtube.com/watch?v=BuMNoGe1K1Q&feature=player_embedded#
 ここに写っているのはいずれもベルクランクサス車です。走行中の映像はレース中のものです(マルボロのロゴが消されています)。
http://www.f1network.net/main/s180/st91951.htm
 これはプラクティス中のベルクランクサス車。

http://www.youtube.com/watch?v=_ZKv-6H5lXg&feature=related
の1分30秒くらいに、レース中の事故で赤旗中断し、ピットインするロバーツのベルクランクサス車が写っています(26日夕方に修正しました)。

 一方、こちらはイギリスGPプラクティスでのボトムリンクサス車です。
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow70/ow70-gb3.jpg
 こちらはサンマリノGPプラクティスでのボトムリンクサス車。
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow70/ow70-sm1.jpg

 2車のスイングアーム形状の差が分かります。イギリスGPでロバーツが用いたのはベルクランクサス車です。現存するマシン 0W70 B 302 はこのマシンそのものと考えています。
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow70/ow70genson4.jpg
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RACERS Vol2(2)

1984年ラグナセカで平が乗ったマシンについて16頁では、ヤマハ本社から平が乗っていたマシンをラグナセカに運んだと連絡があったことが書かれています。一方、74頁のQ94では「平氏が乗った0W76~と考えていいだろう」と明言を避けています。同じ雑誌の中くらい統一して欲しいですね。16頁のヤマハ本社のファクスの内容はライターの創造なのでしょうか。

 さて、私は平のマシンに間違いないと考えています。
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow76/ow76.htm

 また、17頁に「Tカーのない1台体制」とありますが、フェラーリ用の2台のマシンにうちの1台が平に与えられています。下はベルギーGPでの平のF2(フェラーリ用2号車)。
 http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow76/b5.jpg

 65頁のQ47で、フレーム燃料タンクについて「写真はありませんが~図面の履歴からフレームに取り付けられた給油口が抹消されたことが分かります」とあります。給油口が付いたフレームは実戦で普通に用いられました(給油口自体は使用されず)。
 http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow70/ow70-sa-s2.jpg
第1戦南アフリカGPでのK1(ロバーツ用1号車)
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow70/ow70-e1.jpg
第5戦スペインGPでのE1(ローソン用1号車)

RACERS Vol2

 標題の雑誌が発売されました。ケニー・ロバーツの乗ったマシンの特集で、Vol1と同様、買う価値はあります。

 ただ、前作と異なり気になる点があります。それは54頁からコーナーで、「エンジニアお三方の取材を中心に、ライター吉村誠也さんと編集部独自の調査や、過去の『ライディングスポーツ』の記事を元にお伝えします」とあるように、技術者の証言とライター等の記事が並べられおり、どこまでが技術者の証言なのかわからなくなってしまっています。技術者の証言と検証が不十分な記事を同列に扱うべきではありませn。

 例えば、Q50で「0W70のリヤショックがボトムリンク式に変わったのは第10戦イギリスGP」とありますが、これは間違いです。ボトムリンク型は第3戦イタリアGPで姿を見せプラクティスを走りましたが、レースで用いられたのは第9戦ベルギーGPのみです。同じ間違いでも吉村さんの間違いと、技術者の間違いとでは全く意味が異なります。
http://racers.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/1224racersvol-3.html
ヤマハにあまり資料がないようですから、吉村氏(又はライスポの記事)の間違いだと思いますが・・・

 http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/ow70/ow70honbun3.htm
にロバーツが用いたマシンを整理しています。吉村さん(又はライスポの記事)が間違えているなら、これで十分かと思います。技術者が間違えているなら、私の記事の根拠を示す必要があるでしょう。

(12月29日、件の記事がライスポの記事かもしれないので加筆しました)
 

1967年日本GPでのカワサキ

 1967年日本GPでカワサキ125cc4気筒KR3(KA-Ⅱ)が登場します。そして、金谷、森下が3、4位入賞しますが、もう1人カワサキに乗ったライダーがいます。ホンダで有名な谷口尚己です。(敬称略)
 しかし、谷口選手のマシンは、スタートでエンジンがかからずリタイアしています。

 谷口選手のマシンについて
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/rs67/rs67-1.htm
では、KR3としてきました。当時の雑誌等をみてもそのあたりの記述はありません。
で、そこに掲載した写真
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/rs67/s7-jgp-2.jpg
の元の写真をよくみると、谷口選手のマシンは他の2人のマシンと明らかに異なり、エンジン部分の幅が大きく見えますので、谷口選手のマシンはKR2に修正しました。
67-j125.jpg

別冊MC誌

別冊モーターサイクリスト2010-1号93頁の年表についてですが、

・1973年 CB125JXエンジンベース 4サイクル空冷5速とありますが
  1972年に発売された「CB125JX」は2気筒です。http://www.honda.co.jp/news/1972/2720819.html
  レーサーのベースになったのは単気筒のCB125Sです。
  1975年に単気筒のCB125JXが発売されます。
  http://www.honda.co.jp/news/1975/2750430.html
  次の年表では1972年にCB125Sの後継として単気筒CB125JXが登場するようになっていますが、間違いです。
  http://www.honda.co.jp/pressroom/library/motor/sports/cb_cbx/index2.html

  CB125S用キットパーツには「5速」と「6速」がありましたが、「6速」が主に用いられたようです。

・1977年 ワークスに水冷MT125R-LCとありますが、水冷MT-Rが登場したのは1978年日本GPだったと記憶しています。
・1980年 ワークスに2気筒(RC125M用)とありますが、2気筒125は1981年日本GPで登場し優勝(一ノ瀬)したような記憶です。
・1981年 ヤマハTZ125販売中止 1981年型TZ125は市販されていた思います。1981年の雑誌にも記事があります。記事掲載の後に「販売中止」されたのでしょうか。

 市販レーサーについては詳しくないので、この程度にしておきます。

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