ヤマハが1974-75に開発したが実戦に登場しなかった350㏄4気筒・0W24。
http://jfrmc.ganriki.net/ow24/ow24.htm
車体の写真が確認されていませんが、「これが350㏄4気筒ではないか」という写真がありましので、加筆しました。この写真です。
袋井テストコースのようですね。時期は~1974年シーズン前です。これが350㏄4気筒なら、The Motorcycle Classic誌の記述と異なり、遅くとも1973年末には開発が始まっていたことになります。あるいは取り上げたマシンとは別のマシンなのかもしれません。
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http://jfrmc.ganriki.net/zakkan/kousei/kousei18.htm
で校正したヤマハのサイト
http://global.yamaha-motor.com/jp/showroom/yamaha-handling/list/vol02/01.html
等ですが、若干、記述が修正されていましたので、当方の頁にもその旨加筆しました。
修正されていることに気が付いたのは
2 3箇所(写真説明)だけです。
250㏄のTD-1C+ボーマンを125㏄の0W15+アンダーソン(アンデルソン)と間違えた記述もそのままです。
(7月11日追記)
http://jfrmc.ganriki.net/zakkan/kousei/kousei18.htm 末尾に次の記事加筆。
〇「当時の全日本選手権は市販車ベースのマシンでなければ参戦できなかったため、市販レーサーTD-3と市販車DX250(写真)は多くの共通点を持っていた
TD-3が実戦に登場した1972年から市販レーサーも公認車両の対象となった。どんな市販レーサーであっても公認されればそのレーサーによるリザルトがポイント対象となる。つまり市販レーサーは一般市販車ベースである必要はなかった。こちらにも「※1972年からレース専用マシン解禁」とある。
公開公正中の次の記事
http://jfrmc.ganriki.net/zakkan/yzr3.htm
の末尾に次の文を追記しました。
1 12頁 「高回転高出力型となりやすいロータリーディスクバルブの特性を考慮して、
ボア×ストロークが以前の54×54.5に戻されていたのも、OW54と60の特徴のひとつであった」
こんな記述は本書とバイカーズステーション誌(同一ライター氏による)のみで見られたように思うが、バイカーズステーション誌では後に56×50.7mmに訂正されている。
2 28頁 写真38の0W45について「写真のマシンには、ミクニのTM(フラットバルブ)タイプキャブレターが装着されている」とあるが、この写真のキャブレターがフラットバルブに見えるか。
3 74頁 (0W98の点火間隔について)「右側の上下2気筒が同時爆発した後、左側の上下2気筒が爆発する等間隔同爆なのは、0W81と変わらない」は「対角線上の2気筒が180度間隔で同時爆発(点火)」の誤り。