ホンダCB125Sは1970年に発売された125㏄4ストローク単気筒のスポーツバイクで、1975年にモデルチェンジしてCB125JXになりました。
1973年にホンダRSC※からキットパーツが市販されると、すぐにレースで活躍します。ライダーのランク別に下からノービス、ジュニア、エキスパートジュニア、セニアに区分されていましたが、1973年のノービス、ジュニア、セニア※の125㏄クラスのチャンピオンはCB125Sのライダーだったのです。
※セニアでランキング1位だった角谷新二の得点は27で、競技規則(30点未満の場合はチャンピオンとせずランキング2位とする)からするとチャンピオンではないが、歴代チャンピオン | MFJ60 ではチャンピオンとされている。
私がレースを見るようになった頃はホンダMT125R(2ストローク空冷単気筒市販レーサー)全盛時代でしたが、ノービスクラスではまた数台走っており、(騒音規制があるとはいえ)元気な排気音を響かせていたのを覚えています。
さて、先日、セントラルサーキット(兵庫県)に姿を見せた、鈴鹿レーシング(ホンダ鈴鹿工場社員のクラブ)のものとされるCB125レーサーです。

RSCのキットパーツの排気管はダウン型ですが、これはアップ型です。1973年エキスパートジュニアでランキング2位だった上田公次のCB125Sもアップ型でした。
前フォーク、スイングアーム、後クッションユニット、前後ドラムブレーキ、タンク、シートストッパーはRSCキットパーツです。

オイルクーラーが装着されていますが、これはRSCキットパーツではないと思われます。1973年の雑誌記事でもオイルクーラーを装着のマシンがあることが書かれていました。
さて、赤ゼッケンの12番ですが、当時、MFJロードレースのゼッケン12は杉本五十洋(73)、高井幾次郎(74)、金谷秀夫(75)、大脇俊夫(76)、佐藤順造(77)、飯田浩之(78)、木山賢悟(79)で、鈴鹿レーシング関係は木山だけです。1979年、木山はRSC契約でしたが、木山がこのマシンを個人で所有しゼッケン12を付けていたのでしょうか? このマシンがゼッケン12を付けている理由はよくわかりません。
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