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レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

洋書の購入方法

Books&Cafeドレッドノート/株式会社鈴木商会 on X: "私の場合…昔話しで恐縮ですが、大使館にお手紙を書いて、「戦争関係の本を買いたいのですが、専門店を紹介してください」、するとかくかくしかじかの店が良いとお返事が来ます。 その紹介してくれたお店へお手紙でカタログを請求します。…" / X (twitter.com)


 今はネットでクレジットカードで購入しています。例えばアマゾンでしたら日本、イギリス、アメリカのアマゾンをチェックして一番安いところから買っています。海外の方が航空便代込みでも安いことがあるのです。


 1970年代~1995年ぐらいまではイギリスの本屋から購入していました。最初、丸善でイギリスのバイク雑誌を1冊購入し、広告欄(個人の「売りたし」~商店の広告まで)に小さく載っていた本屋に手紙を書いてカタログを送ってもらいました。

 広告には「カタログ所望の方はsend SAE※」とあって、何のことか分からなかったので、取り合えず、礼儀として交換返信切手券1枚同封。

 そして航空便で送られてきたカタログを見て注文、送金は初めは郵便為替で行いましたが・・・

 ところで、味を占めてマン島の店からあるものを買うことにしたのですが、郵便為替は(マン島はイギリスではないので)使えませんでしたので、銀行送金になり手数料が高くつきました。改めてマン島が特別な存在だということを再認識した次第です。

 当時、航空便は高かったのでいつも船便を利用しましたが、イギリス→日本は2か月~2.5か月程度要した記憶です。


※SAE stamped addressed envelope 切手を貼った返信用封筒

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公道レースに関する道路交通法の適用

「ツール・ド・北海道」死亡事故、前方を走行の選手が証言「事故の車以外にも、たくさん車はいた。交通規制が緩くなっていたのは、明らか」 (msn.com)

「一方、警察は、どこから、どこまで、何時から、何時まで実際に通行規制が及んでいたのか捜査中としていますが、自転車の走行車線は、富良野警察署が公式に規制、乗用車が走行の反対車線は、大会側で自主的に警備、規制していたとしています」
 
 警察が規制する根拠は道路交通法第6条第4項だと思います。

道路交通法第6条第4項 警察官は、道路の損壊、火災の発生その他の事情により道路において交通の危険が生ずるおそれがある場合において、当該道路における危険を防止するため緊急の必要があると認めるときは、必要な限度において、当該道路につき、一時、歩行者等又は車両等の通行を禁止し、又は制限することができる。

 記事からすると、警察は「必要な限度」として自転車走行車線のみを規制し、その反対車線は大会側が(法律に基づかず勝手に)警備、規制していたことになります。

 「交通規制が緩くなっていたのは、明らか」とありますが、法律に基づかない「規制」ですからお願いベースでしかありません。大会側は選手に「大会側が規制」がどういう意味なのか事前説明したのでしょうか? 単に「大会側が規制」としか説明しておらず、大会側も選手側もその意味を理解していなかったのではないでしょうか?

 
 


 




ヴィッツ1.0F

ヤリス1.5X6MTの納車が近づいてきました。半年待ちかなと覚悟していましたが、4.5カ月程度になりそうです。

 というわけで、ヴィッツ1.0Fも最近は燃料補給せず、燃費計の数値のみを記録しています。

VITZ 1.0Fの燃費 (ninja-x.jp)

 現在、満タン法燃費が19.7km/L、燃費計燃費は20.8km/Lです。2台目ヴィッツ1.0Fの燃費が満タン法18.6km/Lでしたから、6%良くなっています。2台目ヴィッツに燃費計がないので直接比較はできませんが、市街地での燃費が良くなった印象です。


 後1回、納車時に燃費計の数値を記録して終了になります。

ミシュランの初期のレース用タイヤ

ミシュランのバイク用タイヤの歴史|2輪用ラジアルタイヤの時代を切り拓いたフランスの名門 (autoby.jp)

「1973年6月8日、マン島TT 500ccクラスで優勝したミシュランユーザーのジャック フィンドレー(スズキ)。」

 この写真のマシンはスズキTR500Ⅱ(1973年型XR05)ではなく、1973年型TR750(1973年型XR11)です。横ゼッケンの地色が黄色ではなく白色なのですぐ分りますが、フェアリングの形も500とはかなり異なります。

 正しい写真はこちら。

Sale of Suzuki TR 500 (XR 05), 1973 | Classic Motorbikes (classic-motorbikes.com)


同年ミシュランはPZレンジのタイヤを発売したのだが、このタイヤは一般のタイヤショップで購入できる製品にも関わらず、レース専用タイヤ並みのポテンシャルを有していた。丸みのあるPZのプロファイルは大きい接地面積を稼ぎ、強いグリップを確保することが出来たのである。」


 当時のミシュランのレース用タイヤは、一般市販車用タイヤと同じ外観でした。M38、S41、M45の3種です。他に存在したかどうかは知りません。上写真のマシンの前輪はS41です。

 しかし、一般市販車用タイヤがレースでそのまま用いられマン島TTで優勝したのではありません。というか、そんなことある訳がないでしょう。


 レース用タイヤでは当然、コンパウンドが一般市販車用とは異なります。このレース用タイヤが(PZではなく)PZ2と称されていました。前述のように3種類のパターンがありますので、これらを区別するときは「M45 PZ2」とされていた記憶です。

  では、PZ2が登場したのは「同年(1973年)」なのでしょうか?(続く)


参考 ミシュラン技術者の回顧

Dupasquier, 67, first joined Michelin in the early 60s and became fully involved in the company's race efforts in '73, just before Charade was struck from the GP calendar.

"It was an absolutely marvellous circuit, like a mini Nurburging," he recalls. "It was in the hills, so it was uphill, downhill, blind crests, amazing, but also very dangerous. I remember the last few GPs there, giving our new PZ2 tyres to Christian Bourgeois, who was one of the first riders to start going really fast with our tyres. The PZ was just a road tyre, the PZ2 was the same tyre with a softer compound for racing. But these were the tyres that started us on the road to the success that we enjoy today."

French GP: Michelin preview (motorsport.com)


  

カストロールについての記事

いわゆるカストロールの香りとは"何"の匂い・・・? 【"カンバン"に歴史あり Brand Story 5】 (msn.com)

「~RC166は、名手マイク ヘイルウッドによって1966〜1967年のチャンピオンマシンとなった~なおホンダは1959〜1967年の第1期GP参戦時代をとおしてカストロールRを使用し、個人タイトルを17回、マニュファクチャラーズタイトルを10回獲得した。 」

 写真のマシンは1967年オランダでのRC174(297㏄)です。

 また、個人タイトル16回、マニュファクチャラーズタイトル18回の誤りです。

 獲得リスト

個人
50 65ブライアンズ
125 61フィリス、62・64・66タベリ
250 61・66・67ヘイルウッド 62・63レッドマン
350 62-65レッドマン 66・67ヘイルウッド

マニュファクチャラーズ
50 65・66
125 61・62・64・66
250 61-63・66・67
350 62-67
500 66

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