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レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

スズキの社歌

こちら
lhttps://www.suzuki.co.jp/100th/history.html

によると、社歌の制定は1966年です。おそらく、この頃に社員に配られたソノシートの紙ケース。


 ソノシートには

〇鈴木自動車工業株式会社社歌(作詞 藤浦洸 作曲 古関裕而)
〇ツーストロークのトップ スズキの唄(作詞 伊藤アキラ、作曲 越部信義)

が収められていました。

 スズキが2ストローク車(二輪、四輪)しか製造していなかった頃です。この10年後に4ストロークのGS750、GS400が登場します。



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スズキXR24?

http://jfrmc.ganriki.net/xr29-2/xr29honbun.htm

に現存するXR24らしきフレームの写真を追加しました。


 スズキ単気筒レーサーのフレームをもう1台分見たことがありますが、撮影はできませんでした。他にも現存するものがあるようです。

 また、XR21のこの写真も追加しました。



スズキRS67Ⅱ

https://jfrmc.ganriki.net/rs67/rs67-2.htm

に次の写真を追加しました。


1983年タイムトンネル(筑波)でのRS67Ⅱ

2024年現在、現存するRJ66(125㏄3気筒)クランクケース






ヒュー・アンダーソン

 1960年代にスズキに乗り50㏄2回(63、64)、125㏄2回(63、65)世界チャンピオンになったライダーです。
 1966年最終戦日本GPを最後に世界GPから引退したのですが、スズキ時代に彼のメカニックを務めたのが永田選さん(故人)です。

 永田さんはスズキのGP撤退後の1968年7月にスズキを退社し永楽モータースを経営されたのですが、アンダーソンとの親交は続いていたようです。

 アンダーソンは1991年に来日し筑波サーキットのレースに出場しましたが、

http://iom1960.com/other/anderson-1991.html(元スズキの中野さんのサイト)

レースの翌日にアンダーソンは永田さんと会ったようです。永田さんが持っていたアンダーソンのサイン入りジャンパー(ブルゾン)。


To Nagata San
 From Your Good
Friend 24.11.91
Anchung

と書かれています。日付はレースの翌日です。
 Anchungは「アンちゃん」です。アンダーソンがスズキチームの面々から「アンちゃん」と呼ばれていたことが中野さんのサイトに書かれています。

 http://iom1960.com/other/anderson.html

 アンダーソンの自伝にもAnchungと呼ばれていたことが書かれていたので、このブルゾンの文字はアンダーソンが書いたものです。

 このジャンパーはアンダーソンと永田さんの深い関係を如実に表すものといえるでしょう。

米津浜テストコース(スズキ)

 元スズキの中野広之さんの
日本モーターサイクルレースの夜明け

に米津浜テストコース(1960-64)の航空写真(1962)があります。
http://iom1960.com/1960/yonezu.html

 以前は小さな写真でしたが、いつの間にか写真が大きくなっていて
、直線コース途中に設けられたS字の場所が分るようになっています。

 スズキ歴史館に行くついでに寄ってみようかなと思います。




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