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レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

ホンダWGP参戦60周年 挑戦と勝利の軌跡(5)

27頁上の写真が「1966 日本GP125」となっていますが、もちろん「1965年日本GP125㏄」の誤りです。

 27頁下の写真「66年の500はレッドマンとヘイルウッドで計8戦5勝を挙げたが~」は計9戦の誤りです。1966年の500のレース毎のホンダファクトリーの出場ライダーは

西ドイツ:レッドマン
オランダ、ベルギー:レッドマン、ヘイルウッド
東ドイツ、チェコスロバキア、フィンランド、アルスターマン島、イタリア:ヘイルウッド
で、赤字がホンダ優勝レースです。東ドイツでホンダは出場しなかったという記事を他誌(本)で見たことがありますが誤りです。


 26頁の写真が1965年ベルギーGP250㏄とされています。私がこの写真を初めてみたのは「栄光のホンダGPレーサー」(ミック・ウーレット、1990企画室ネコ)で、その書では東ドイツGP250とされていました。「栄光の~」の写真解説に誤りはありますが、レース名の誤りは発見できなかったので、「東ドイツGP」の可能性が高いとは思います。ただ、この写真だけではどのレースかわからないので、何とも言えません。
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ホンダWGP参戦60周年 挑戦と勝利の軌跡(4)

25頁の写真05の「64年の250は全12戦で僅かに3勝に終わる」とありますが、全11戦の誤りです。

 全12戦ですと有効得点はベスト7戦合計、全11戦ではベスト6戦合計になります。フィル・リードの戦績は5勝(フランス、西ドイツ、東ドイツ、アルスター、イタリア)、2位1回(オランダ)、3位1回(スペイン)でした。レッドマンは3勝(マン島、オランダ、イタリア)、2位5回(スペイン、ベルギー、西ドイツ、東ドイツ、アルスター)、3位1回(イタリア)です。

 1位8点、2位6点、3位4点ですから、ベスト7戦、ベスト6戦の点数を計算すると

        ベスト7戦  ベスト6戦
リード      50      46
レッドマン    48      42

 24頁に記載されている得点はベスト6戦の合計点です。

(3月4日加筆)
24頁の1964年の記述で「MVアグスタが撤退した350で~」とありますが、350㏄第1戦マン島、第2戦オランダにMVが出場しているので、「シーズン途中でMVアグスタが撤退した350で~」とすべきです。

ホンダWGP参戦60周年 挑戦と勝利の軌跡(3)

24頁の1963年の記述「50㏄9戦1勝~250㏄9戦4勝」とあります。50㏄クラスは9戦開催でホンダファクトリーは1戦出場し1勝ですし、250㏄は10戦開催で10戦にファクトリーで出場し4勝しています。なお、250㏄クラスの他の勝者はプロビーニ(モリーニ)4勝、ヘイルウッド(MZ)1勝、伊藤(ヤマハ)1勝です。

 25頁の写真02、04が1963年とあって、写真03が「~日本GP350。この年の350でMVに乗った♯14ヘイルウッド~」とあるので、ライター氏は1963年日本GP350にヘイルウッド(MV)が出場したと考えたのでしょう。1963年日本GP350はホンダ3台しか出走せず、レース不成立になったことを知らないのでしょう。もちろんこの写真は1965年日本GP350の誤りです。

 25頁写真04「63スペインGP250で市販250㏄レーサーCR72に乗る♯28ロブと♯40レッドマン~」とあります。
 
 これが1963年スペインGP250の写真。1列目は右奥からプロビーニ、レッドマン、ロブ、タベリ、高橋で、タベリ、高橋のマシンがCR72です。
 実は写真04のマシンはCR72ではなくCR93(125㏄)です。ではスペインGP125㏄かというとそうではありません。消去法で判断するとベルギーGP125㏄のような気がします。

FIMのリザルト

ホンダWGP参戦60周年 挑戦と勝利の軌跡 24頁の1963年250㏄のランキングを見て、シェパードのランキングが砂子より上にあるのに違和感を感じました。シェパードが11ポイントになっていますが、確認すると私の資料では9ポイント。

wikipediaでは11ポイントですし、FIMのリザルトのサイト
https://www.motogp.com/en/Results+Statistics/1963/JPN/250cc//World+Standing
でも11ポイントです。


 しかし、FIMのこの頁を見てすぐおかしなことに気が付きます。世界GPが8戦しかないのです。つまり第1~3戦のスペイン、西ドイツ、フランス、そして最終戦の日本がなかったことになっています。
 記載された8戦でのシェパードのポイントは東ドイツの6とイタリアの3の計9ポイント。無記載の4戦でシェパードは無得点でしたので、残り4戦を考慮しても9ポイントです。

 http://jfrmc.ganriki.net/zakkan/kousei/kousei17.htm
の最後でも指摘しましたが、このFIMのリザルトはいい加減なものです。いろんな記事がFIMの誤りをそのまま引用するので困りものです。

ホンダWGP参戦60周年 挑戦と勝利の軌跡(2)

22頁の1962年についての記述、50㏄のクライドラーがドイツのマシンになっています。MZと勘違いしたのでしょうか? もちろん、西ドイツの誤りです。

 23頁の写真3がマン島T.T.の250になっていますが、アルスターGPの125の誤りです。
 写真8が62年のマン島T.T.250予選になっていますが、レース本番の誤りです。
 
 250㏄クラスのゼッケンは緑地に白数字というようにクラス毎にゼッケンの色が異なっていたのですが、UK、マン島でのレースは(世界選手権以外でも)前ゼッケンのみ白地に黒数字でした(写真3のように)。ただ、マン島の公式練習では前ゼッケンもクラス毎の色だったのです。写真8のマシンの前ゼッケンは白地に黒数字ですからレース中であることが分ります。当時のマン島は2台ずつゼッケン順にスタートしますから、写真のゼッケン9、10は同時スタートで、ゼッケン10レッドマンが9北野を(タイム上でも)少しリードしているところです。1周目と思われます。

 ところでofficial practice  を予選と訳すことが多いのですが、通常のレースでは(スタート位置がpractice のタイムで決まるので)それでもいいでしょうが、マン島の場合はそうではないので、やっぱり「公式練習」と訳してほしいところです。

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