1970~1980年頃の二輪誌はロードレースだけではなくモトクロスも取り上げてくれていましたので、それなりに詳しくなりました。RACERS に間違いを指摘できるほどではありませんので、懐かしく読ませせてもらいました。今回、登場した池田勝氏(ライダー→メカニック)ですが、1973年にセニアクラスに昇格した記憶です。当時はこのような社員ライダーも多く、このような方々がマシンの開発を支えていました。
ところで、スズキの競技マシンといえば「XR●●」という機種記号が知られていますが、今号には記述がありませんね。スズキの125㏄モトクロッサーの機種記号としては
XR03
30
33
37
ぐらいが私のリストにあります。
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RACERSVolume48(9)の末尾に以下の文を追記しました。
TZ500のクランクギア→ジャックシャフト(カウンターシャフト)ギアは減速比32/31で減速している。もちろん「等速」ではない。そしてジャックシャフト→クラッチギアは47/22で減速している。
したがって一次減速比は
(32/31)×(47/22)=2.205になる。
これは1980→1982年型いずれも同じ。
したがって、
http://www.tz350.net/bigbrothers.htm で一次減速比2.135とあるのは誤りということになる。
98頁に「~’80年には~最終戦西ドイツGPでカジバ1C2を~多くのエンジンパーツにTZ500の純正部品を使いながら、クランクケースはオリジナルで、吸入方式をロータリーディスクバルブにした異例の構成」とある。
エンジン写真は1981年型だが・・・1980年型はピストンバルブ、つまりTZ500のクランクケースがそのまま用いられたようだ。MOTOCOURSE 1980-81に写真が掲載されていた。
98頁最下段の「1970年にすでにTZ350×2基」・・・TZ350発売の3年前。
39頁左下写真説明「レギュレーション対策(騒音測定方法への対応)」ではなく、排気管の向きに関するレギュレーション対策。
31頁左上「Netherlands」ではなくオーストリア。
73頁左上「Austria」 この風景はオランダ。
ところで34頁に0W35について「~56×50.7mmへのボアストローク」とあり、最近は0W35=56×50.7mmになっている。しかし、1977年2月に記者発表されたときは「56×50.5mm」だった。僅か0.2mmの違いだが。
84頁に0W53について「クランクケースは5A0のものをベースに~同じ砂型鋳造マグネシウム合金クランクケースでありながら、一貫してYZR500は無塗装/TZは黒塗装だったのに、0W53のクランクケースが黒いのは、このためだ」とある。
このライター氏、自身が記事を書いた14頁下の前方排気のYZRのクランクケースが黒いことに気が付いていない。このマシンはすでに書いたように
http://jfrmc.tou3.com/Date/20171127/1/
(記事解説の1979年ではなく)1980年型の0W48。そして、
0W48Rもクランクケースは黒い。
つまり、TZ500が登場した1980年シーズンからYZRもTZのクランクケースを使用していた。つまり上の記述は誤り。
そして84頁に0W53について「わざわざスタッドボルトを移植するという大きな手間をかけてまでフラットバルブ用シリンダーを装着した例もある」とあるが、すでに1980年からそうだった。
なお、同頁に「シリンダーはTZ500と同じ鼓型YPVSバルブを持つタイプが53/53Pの標準」とある。確かに1981年日本GPで高井が乗った0W53は鼓型バルブだった。しかし、0W53Pは
浅見のマシンも
Dulmenのマシンも
フラットバルブ。フラットバルブが例外のような書き方はいかがなものか。
なお、「0W48レプリカの5Y9が計画され、その先行開発と0W54のバックアップを兼ねた0W53の開発も同時にスタートした」とある。
1981年に木下が乗ったスチールフレーム・2気筒後方排気の500㏄4気筒マシン(公認車両TZ500の改造車としてポイント対象)が忘れられている。むしろこのマシンが1982年型TZ500(5Y9)のベースになっているように思う。