http://jfrmc.ganriki.net/ow24/ow24.htm の記述を修正しました。
Rudi Kurthについては、レーシングサイドカーのドライバー+コンストラクター+エンジン大幅改造者として知っていましたが、ソロ(サイドカーではないということ)のマシンも製作していたとは知りませんでした。で、発見した写真を見ると、0W24編で紹介した写真のマシンに酷似していることが判明しました。Kurthのマシンが日本でテストされていたとしか思えません。そんな訳で、0W24編の記述も修正しました。
それにしても、40年以上前の情報を今になって新たに発見することができるのも、今の時代だからと痛感します。私のレベルが低いだけかもしれませんが。
https://www.yamahamotogp.com/500-victories/bikes
今日見たら0W60が載っていますね。
ライダー編
https://www.yamahamotogp.com/500-victories/riders
で、Jon Ekerold がヤマハで2勝しかしていないことになっています。80-81年のビモータ・ヤマハによる勝利がカウントされていません。マシン編の1979年型のTZ350も1979と1982年しか勝利していないことになっていることと符合します。
でも、ヤマハの勝利とされたマシンであっても、フレームがヤマハ製でないものも500勝にカウントされているのですが・・・ニコバカー、シュバリエ、Cheney・・・ヴィマーは世界GPで3勝を挙げていますが、ヤマハのサイトでは全てヤマハ500勝の一部とされています。でも1982年250㏄イギリスGPで優勝したヴィマーのTZ250のアルミフレームはスポンドン製だったっけ?動画でゼッケン7のヴィマーのマシンのフレームがスタンダードTZ250ではないことがわかります。
セコットは1975年350㏄タイトルを手にしましたが、終盤フィンランドで優勝した時のフレームはビモータだったはず。
MOTO-GPのサイトでも1980-81のEkeroldのマシンはヤマハになっていますし、ヤマハは何でカウントしなかったのでしょう。
ヤマハのGP500勝はもう少し前のことなのでしょうね。
早速特設サイトが公開されています。
で、マシン編の誤りが少なくないですね。
https://www.yamahamotogp.com/500-victories/bikes
そもそも写真の選定基準は何なのでしょうか。異なるマシンでも外観が似ていればOKなのでしょうか。写真の誤りは突っ込む気すら起きません。
その他では
〇一番下のRD56の「1966」は「1969」の誤りですね。
〇1966年350㏄の「RD05A MODIFIED」は「RD05 MODIFIED」。
〇0W20の勝利回数は4ではなく5。いつものように1974年スェーデンGPで優勝したLansivuoriのマシンが0W23と勘違いされている。したがって0W23の優勝回数も誤り。
〇0W16が1974年にしか優勝していない(1973、75が忘れられている)
〇0W17の存在が忘れられている。
〇1974年に謎の500がある。
〇1982年、アルゼンチンGPで優勝した0W60が忘れられている。
・・・・・・
当然、
https://www.yamahamotogp.com/500-victories/victories
にも誤りがあります。