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の続きです。
「~ホンダは、1965年のマン島TTでJ.レッドマンが350㏄、250ccの両クラスでオーバー・ザ・トンを達成」
350㏄クラスの誤りは前回指摘しましたが、250㏄も誤りです。
このレース、ホンダ2RC165(4ストローク空冷並列6気筒)に乗るレッドマンはゼッケン2、ヤマハRD56(2ストローク空冷並列2気筒)に乗るフィル・リードがゼッケン5で、レッドマンがリードの20秒先にスタートします。
そして、1周目、リードはレッドマンの4秒後にフィニッシュラインを通過、タイム上でリードはレッドマンを16秒上回る22分38.2秒(100.01mph)を記録、オーバー・ザ・トンを達成しました。
2周目、リードはレッドマンとのコース上の差を詰め(タイム差を広げ)、コース半ばのバラフブリッジ(ジャンプ)を過ぎコース上のトップに立ちます。そしてそのままラムゼイから山岳地帯に入りますが、おおよそ28マイル地点でエンジン故障でリタイア。
そして2周を終えたレッドマンはリードの1周目のタイムを1.2秒上回り、レッドマンもオーバー・ザ・トンを達成します。このタイムがこのレースの最速ラップでした。
というわけで250㏄初のラップ・オーバー・ザ・トン達成はフィル・リード(ヤマハ)です。原文には「初の」と書いてないから「1965年のマン島TTでJ.レッドマンが350cc、250ccの両クラスでオーバー・ザ・トンを達成」は誤りではないと言わないでくださいね。
下の写真は何れもレース中のもの。
フィル・リード
ジム・レッドマン
500㏄クラスでの誤りといい、250㏄での誤りといい、ライター氏はレースの最速ラップ記録だけを見て「初のラップ・オーバー・ザ・トン」を判断したのでしょうか。
「その3年後の1968年度の大会では、水冷2ストロークV型4気筒125ccのRA31Aをフィル・リードとビル・アイビーに託したヤマハが125ccクラスでオーバー・ザ・トンを達成。1907年から欧州勢が半世紀の時間をかけて実現したオーバー・ザ・トンを、ヤマハはその約10年後に1/4の排気量で実現したことになります・・・」
125㏄初のラップ・オーバー・ザ・トンは確かに1968年に達成されたのですが、達成したのはアイビーだけ(2周目)、リードは達成していません。そもそも、ラップ・オーバー・ザ・トンをマシンだけで評価することに違和感を覚えます。
なお、マン島TTレースが始まったのは1907年ですが、マウンテンコースが初めて使用されたのは1911年なので、「マウンテンコースが初めて使用された1911年から欧州勢が」とした方がよいと思います。
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について書きます。
「“オーバー・ザ・トン”という言葉を、皆さんは聞いたことがあるでしょうか? このトンとは、マン島TTの周回平均時速100マイル(約160km/h)を指し、オーバー・ザ・トンはそれを超える記録を意味します。」
トンは100mph(マイル/時)の意味ですので、そこに「マン島」の意味はありませんし、オーバー・ザ・トンだけで「周回平均時速100マイル突破」の意味になりません。「周回平均時速100マイル」を言いたいなら、「ラップ・オーバー・ザ・トン」 、「〇周目にオーバー・ザ・トン」のように1周であることを示す単語が必要です。
加えて言うなら、レース(複数周回数)の平均速度でもオーバー・ザ・トンと表現されることがあります。
「(1957年500㏄クラス)ジレラ4気筒を駆るマッキンタイアは、MVアグスタ4気筒、モトグッチV型8気筒(!)などの強力なライバルを退け、ついにマン島TT史上初のオーバー・ザ・トン=平均時速101.12マイルを達成して優勝します」
1957年のセニアクラス(500㏄クラス)は50周年のために例年の6周ではなく8周で行われたのですが、初のオーバー・ザ・トンは2周目に達成されました。そのタイムは22分24.4秒で101.03mph(1周37.73マイルで計算)です。
101.12mphは4周目に記録したこのレースの最速ラップ速度であって、「初の」オーバー・ザ・トンの速度ではありません。
「~ホンダは、1965年のマン島TTでJ.レッドマンが350cc、250ccの両クラスでオーバー・ザ・トンを達成。6周の350cc決勝でのレッドマンの優勝タイムは、500cc王者のマイク・ヘイルウッド(MVアグスタ)よりもはるかに速いものでした。もっとも500ccクラスではライバル不在で、ヘイルウッドがペースを上げる必要がなかったこともありますが・・・」
ジュニア(350㏄クラス)でのラップ・オーバー・ザ・トンが1965年にレッドマン(ホンダ)によって達成されたかのように書かれていますが、誤りです。350㏄のレース(6周)タイムの初オーバー・ザ・トンは1965年ですが、ラップ・オーバー・ザ・トンは1962年にギャリー・ホッキング、マイク・ヘイルウッド(何れもMVアグスタ)によって達成されました。
レッドマン自身は1963年350ccクラスでラップ・オーバー・ザ・トンを記録しています。原文には「初の」と書いていないので誤りではないなどと言わないでくださいね。
また「6周の350cc決勝でのレッドマンの優勝タイムは、500cc王者のマイク・ヘイルウッド(MVアグスタ)よりもはるかに速いものでした」のは、1965年の500㏄クラスでの天候が悪かったこと、ヘイルウッドが1度転倒したことなどが原因です。
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350ccレースでの初ラップ・ザ・トンについて触れます。
MVアグスタに乗るマイク・ヘイルウッドはゼッケン3、ギャリー・ホッキングはゼッケン6で、ヘイルウッドが10秒先にスタートします。そしてホッキングが先に1周目を終え、その1.4秒後にヘイルウッドが1周を終え(タイム上は11.4秒の遅れ)、ホッキングが100.90mph、ヘイルウッドが100.05mphで2人共100mphを超えました。先にフィニッシュラインを越えたのはホッキングですが、同じ1周目の出来事ですので、私は350㏄クラス初のオーバー・ザ・トンはホッキングとヘイルウッドの両者が達成したと評価しています。
(続く)
XR34M2とされるイアン・キングのXR34Mを見ていきます。
車体左側
車体右側
フレーム形状、スイングアームの縦パイプの位置が左右で異なること、スイングアームのプッシュロッド取付部の穴、そして後サスペンションのロッカーアーム(車体左側写真を拡大してください)からすると、このマシンは第2戦スペインで登場したXR34M1にしか見えません。
次に、前に紹介したこちらのXR34
British GP and Senior TT winning XR34 Suzuki | MCNews
は、記事ではこのマシンをXR34M1で「The bikes debuted at the second round of the season at Jarama in Spain」としていますが、フレーム形状、スイングアームの縦パイプ位置からするとXR34M2にしか見えません。
ただ、シーズン後に雑誌取材に供されたXR34M2のストリップ写真
のマシンとは次の箇所が異なります。
(1) 後サスペンションロッカーアームがアルミ合金製
(2) スイングアームのプッシュロッド取付部にXR34M1のように小穴がある
(続く)