レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
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4月24日発売のライディングスポーツ誌34頁に以下のようなことが書かれています。
・1963年のスズキRM63は2気筒
・当時は浅間テストコースぐらいしか日本にはなかった。
もちろん、RM63は単気筒です。また、スズカサーキットが1962年に完成していますし、スズキの米津浜テストコースは1960年から使用されています。まあ、まともに指摘するのが馬鹿らしくなる記事ですが、この程度の雑誌屋の間違いは当り前のことです。
問題なのは、この記事がスズキの成果を結果的に貶していることです。
この記事が言っているのは「当時、日本には浅間(ダートコース)しかなく、舗装路面でのテストはできなかったが、スズキは2気筒のRM63を開発し、伊藤光夫の手によりマン島TTで優勝した。」ということです。舗装路面でのテストもできなかったマシンが優勝したということで、いかにスズキが素晴らしかったかを訴えたいようですが、私でしたら、「そんなマシンで優勝できるレースってレベルが低いなあ」と思うのですが・・・
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先日、昔の某誌をチェックしていたところ、懐かしい記事が出てきました。
某誌ではホンダCB125S(125cc単気筒)にレース用外装キットを組み込んだマシンを製作し1973年9月号に掲載しました。その燃料タンク上面に編集部員により英語の文字が書かれていました。そして、エンジンキットも組み込まれ(11月号)、レースに出場しました(12月号)。
写真は燃料タンク上面に書かれた文字で、1965年にホンダがロードレース世界選手権で全クラスで勝ったことが書かれています。
もちろん、1965年は1966年の間違いです。1966年から7年しか経っていないのに、1973年9月号で間違い、12月号でも間違いは訂正されませんでした。写真は12月号のものです。これらの記事に比べれば、最近の雑誌の間違いは可愛いものなのかもしれません。
エンジンテクノロジーという雑誌が山海堂から発行(季刊)されており、2年に1回、レーシングエンジン特集がありました。しかし、山海堂が2007年12月に解散し、本誌も休刊になっていましたが、新たに養賢堂から上のタイトルに改め発行されています。2010年4月号がレーシングエンジン特集です。
http://www.yokendo.com/julbook/engine/etr_02_01.htm
ホンダF-1、トヨタF-1については過去の号でも記事がありましたが、両社ともF-1から撤退した後ということもあり、これまでより一歩踏み込んだ記述があります。また、ヤマハYZR-M1についての記事もあり、ニューマチックバルブスプリングによる高バルブリフト、高バルブ加速度についての記述・グラフがありました。
お値段は1800円と高いかもしれませんが、興味のある方には必読だと思います。
標題の雑誌を入手しました。
結論からいいますと、非常によくできています。
ケビン・シュワンツのRGV-Γが主題ですが、当時の貴重な写真が満載されています。現存するマシンの写真がないことに不満を持たれる方もおられると思いますが、現存するマシンが現役当時と異なっていることが少なくなく、それを前提にした解説がないならば、現役当時の拡大写真を掲載した方がよいと考えています。
記述もよくまとまっています。細かいところで気になる記述はありますが、おいおいチェックしていきます。なお、ボア・ストロークですが、スズキの某氏が作成したリストとは異なるものがありますので、今後、確認したいと思います。
ところで私がシュワンツの走りを最後に見たのは1995年日本GPです。レース前の豪雨でレース中止が懸念されましたが、小雨になりレースは無事に行われました。シュワンツはシーズン前に1995年限りの引退を表明しており、1995年日本GPゴール後1周するシュワンツに感謝の言葉を念じたのを思い出します。この時、一つの時代が終わったのです。
バイカーズステーション誌2010-4にホンダRC149の記事があります。ホンダコレクションホールでレーシングマシン7台のストリップが展示されているのに合わせた企画です。細部が写った写真が多いのですが、あちらこちにおかしな記述があります。
81頁左列下から2行目「このときの125cc車が、ヤマハとスズキの2サイクル4気筒を打ち負かしたRC149なのだ。」→1966年のヤマハ、スズキは2サイクル2気筒。ヤマハ4気筒がアルスター、マン島のプラクティスは走りましたが、レースでは走っていない。ライバルが2気筒と4気筒では大違い。
82頁左列上から4行目「この改良型である2RC146を1964-65に走らせつつ」→1965年は4RC146。
同下から4行目「このボア×ストロークを持つ50cc2気筒は1963年の日本GPから走っている。」→1962-64は33×29、1965は34×27.4、35.5×25.14になったのは1966。
82頁中列上から4行目「変速機6段」→8段の間違いか?
82頁中列下半分「キャブレターが丸ピストンであること~ホンダの依頼によって今日ケーヒンが造った新品だからだ。」→1973年に公開された時点(キャブレター新造前)で丸ピストン。
83頁左列の⑩「ホイールベースが123.5cmという超ショートタイプ」→最新のホンダRS125Rのホイールベースは121.5cm、ヤマハTZ125最終型では124.2cm。つまり123.5cmは現在のマシンと比べても常識的な数字。
ほかにも確認が必要な記述があります。記事を書かれた佐藤氏は1986年の別冊モーターサイクリスト誌で、4号にわたるホンダRC特集の担当だったと思いますが・・・歳はとりたくないものです。私も記憶に頼っているとこんな間違いをするようになるのかもしれません。注意しないと。