1月4日発売のRACERSは、special issueとして、1983年のスペンサーVSロバーツに焦点を当てた記事となっています。ホンダ、ヤマハの日本側の関係者への新たな取材はないようで、スペンサー、ロバーツへの取材+ライター氏の記事で構成されています。
1983年のヤマハ0W70に2種類の後サスペンションがあったことが知られていますが、今回のRECERS 25頁のロバーツ回想記事では「~コースとの相性があるようで、従来のレイダウンとどちらが良いかは毎回両方を試してから決めていた。スパ(注:ベルギーGP)で新しい方を使ったのは覚えている。でも、その次のシルバーストーン(注:イギリスGP)では使わなかった気がする」
とあります。これは
http://jfrmc.ganriki.net/ow70/ow70honbun3.htmで、ロバーツが新型後サスペンション車を用いたのはベルギーGPのみとしたことを一部裏付けています。
一方、29頁のライター氏の記事では「後者(注:新型)がメインで用いられたが、コースによっては前者(注:旧型)も用いられ」とあり、新型後サスペンション車が主に用いられたことになっています。ライター氏がこのように書いた根拠を知りたいところです。
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少し遅くなりましたが、おめでとうございます。
年末~1月2日は実家に行き、両親(80代にしてすこぶる元気)、甥夫婦、姪家族、姉夫婦、甥、姪らと会い、にぎやかな正月を過ごすことができました。
さて、新年早々の記事は、「
明らかにおかしな記述」です。新年早々、小さな記事ですが、ご容赦ください。ホンダRC181の記事も1年放置していますが、後編もアップしたいと思いますので、よろしくお願いします。
前回の記事で取り上げた金谷さんの本です。
この本にサインをいただきました。
'80.9.13という日付は1980年日本GPの前日(土曜)のプラクティスの日です。
肝心の本の内容ですが、どちらかというと「レースに対する心構え」が中心かなと。
もちろん、金谷さんは技術者ではないのですが、「ライダーがこんなことを感じているんだな」ということが分かったように思います。
金谷さんが亡くなられました。
私がバイクに興味を持った頃、すでに金谷さんはヤマハのエースでした。
1980年日本GPの直前、金谷さんが書かれたという
この本を本屋で見かけ、早速購入し、日本GPでサインをいただいたのですが、「もう買ってくれたの、ありがとう。(スロットルの)パーシャルってわかったかな~、読んだ人からわかりにくいって言われてるんや。」等々のお話をさせていただいことを、33年たっても思い出します。
そして、最後にお会いしたのは、2002年の袋井テストコースでのイベントでした。
私にとって、金谷さんはレースには厳しく、そしてファンには気さくでやさしいという印象しかありません。
1945年生まれということですから、まだ68歳、早すぎます。
謹んでご冥福をお祈りします。