レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
RC140 1958年、本格的なTTレース出場を目指した125ccエンジンの開発に当り、過去のレース記録の調査から120km/h以上のスピードを要求され、そのためには少なくとも17PS(136PS/L)以上は必要と判断し、目標出力を20PS(160PS/L)と定め4月にRC140(φ45.0×39.0×2)の設計に入った。~その当時、我々は幸運にもイタリアの市販レーサであるモンディアル125ccを入手することが出来、急遽その性能解析を行った。最高出力は16.5PS(132PS/L)/11500rpmで、排気系のディフューザ効果など学ぶべきことが多くあった。
RC141 RC141の試作およびモンディアルの解析により本田社長および担当者から次々と新しいアイデアが出され、10月には改良モデルRC141(φ44.0×41.0×2)のレイアウトに入った~ |
~素養に欠ける編集者たちが作った本は読者諸氏の支持を得ることなく、早晩消えゆくだろう。~今号では上述の問題点に対する効果的な方策として、趣味人諸氏による寄稿に頁を多く割いてみた。古来より西洋では、民の規範たる王族・貴族は戦時率先して最前線に赴くという精神(Noblesse Oblige=仏語・直訳すれば「高貴なるものの責務」だろうか)があるという。現在クラシックバイク文化の最前線に立っておられる在野の趣味人たちは、言うなれば今後の斯界を牽引すべき重責を担われる身分と私は思う。
ノブレス・オブリージュとは、Wikipediaによると、
ノブレス・オブリージュまたはノーブレス・オブリージ(フランス語:noblesse oblige) は「貴族の義務」あるいは「高貴なる義務」のことである。英語では「ノーブル・オブリゲーション」(noble obligation)と言う。一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。一般的な用法ではないが、慇懃無礼あるいは偽善的な社会的責任について蔑視的に使われることもある。また、実際の歴史では、貴族などの特権と贅沢を正当化する隠れ蓑となった側面もある。
このライターは「身分」、「高貴」といった言葉の意味を全く理解していないようだ。バイク趣味人(あまり好きな用語ではないが)の多くは「財産、権力、社会的地位」とは無縁で、他に職業を持ちながら、少ない予算をやりくりして、資材(バイク、部品等)、資料を収集しているのである。
ライターはバイク記事を書くことを職業にしている時点で、正確な記事を書く責務がある。それができないのなら、「メーカー取材、イベント取材、資料収集等に関して、私は趣味人より恵まれた立場にあるが、知識はないので、知識のある方に記事を書いてほしい」というのが基本的な姿勢であるべきだ。もちろん、これは恥ずかしいことではない。得手不得手は誰にでもあるからである。
それにも関わらず、バイク趣味人に対して「ノブレス・オブリージュ」、「高貴」、「責務」、「身分」という用語を使ったがために、「趣味人は、その知識を雑誌のために吐き出して、雑誌の売り上げに貢献する義務を持つ身分」という文になってしまった。プロ意識に欠けた雑誌屋の本音を垣間見たように思う。
標題の雑誌を購入しました。
いつもながら発売を楽しみにしており、今回も発売当日に購入しました。今回も、vol03同様、スズキが保存しているマシンの撮影ができなかったため、というかそのおかげというべきか、SERT(フランス)に保存されているマシンの写真が掲載されています。スズキが保存しているマシンは見たことがありますので、うれしい誤算となりました。
また、vol03と異なり、GSX-R全体の変遷が分りにくいのが難点かもしれませんが、当時の動きを知っている人にとってはあまり気にならないでしょう。
実のところ、私は「油冷」をあまり評価していません。単純に冷却媒体としてみた場合、油より水の方が優れているからです。もちろん、油でしか冷やせない部分は油に頼るしかありませんが、その他の部分は水で冷やした方がよいのです。冷却媒体として油が水より優れているのなら、F-1エンジンは水の冷却経路に水の代わりに油を入れていたことでしょう。結局、油冷は空冷の改良に過ぎないのです。
記事中に「熱の発生」という言葉が用いられますが、冷却損失は、出力、熱効率が変わらなければ大きくは変わりません。「熱の発生」ではなく、「冷却能力の不足による局部的な温度の増加」、「局部周辺空気温度の高温化及び輻射熱量の増大」だと考えています。
46頁左下の「1秒間に20ℓものオイルをヘッドに供給するシステム」は「1分間に20ℓ」の誤りですが、水冷の冷却水流量に比べれば、悲しい程少ない量に過ぎません。
もちろん、エンジンの性能はある要素だけで決まるものではありませんし、レーシングマシンとして見た場合、その性能はマシン総体で考えるべきです。だからこそGSX-Rがあれだけの成果を挙げることができたのでしょうが・・・
紹介した二輪グランプリ60年史ですが、この中でエルンスト・デグナーとスズキの関係についてTEAM SUZUKI by Ray Battersby が次のように引用されています。 「スズキのチーム監督とメカニック達は彼(デグナー)がたくさんのハードウエアも持ってきたことを肯定した~」
TEAM SUZUKIについてはこちら。
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/zakkan/teamsuzuki.htm
TEAM SUZUKIの弱点は「日本語」のようです。1970年代以降については、著者が1976年初めにHERON SUZUKIに加わり、当時のレース活動を直接(あるいは間接)携わったので、読んでいて明らかにおかしいといった記述はあまりありません。しかし、1960年代についての記述は結構間違いがあります。著者は来日して日本人関係者に取材しているはずなのですが、日本人でも英語が堪能な人は限られます。マシンを前にしての会話ならともかく、日本語で書かれた資料を前にしての会話となると、かなり意思疎通に不具合があったのではないかと思います。
TEAM SUZUKIで、RS65(125cc4気筒)からRS67Ⅱに至る開発過程が全く間違って記述されているのは、この「日本語の壁」が原因ではないでしょうか。あるいは著者自身の思い込みのせいかもしれませんが。
このようなことから、TEAM SUZUKIに記述されたデグナーとスズキの関係について、どこまで信じていいのかと思っています。
私が考えるデグナーとスズキの関係は次のとおりです。
http://noda-kenichi.hp.infoseek.co.jp/zakkan/degner-s.htm