レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
1979年のロードレース全日本選手権の日程です。このうち、第4戦は国際A750・350の開催予定はありませんから、国際A750・350は全8戦です。
得点対象は公認車両による出場に限られますが、得点が与えられるのは出場者が5台以上の場合です。
で、実際に得点が与えられたのが第6戦と第9戦だけでした。第1戦、第8戦は750ccの出場者がゼロでしたし、750㏄出場者があったレースでも、(例えば)第2戦では750㏄クラス公認車両の出場は3人だけで、これに非公認車両(FL)の出場が2人加わっただけでした。
第3戦、第5戦ではFL750出場が2人あっただけで、(雑誌記事からすると)公認車両の出場はゼロだったようです。
全日本選手権といいながらA750は「これが選手権ですか?」と言いたくなるような状況でした。
この状況が大きく変えたのが1980年のヤマハTZ500市販(当初から公認車両)、スズキRG500市販(1981年型から公認車両)で、出場台数が増加し、1981年から750・500混合レースから、750㏄クラス改め500㏄クラス単独レースになったのです。