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JFRMCブログ

レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

多摩テック

なつかしい映像


バズーカ砲 43秒あたり

 確かソフトボールを撃ちだしてた記憶です。結構、好きでした。

ゴーカート 1分35秒あたり 

 一番の楽しみでした。走路がコンクリートではなく走路の下が丸見えになっている箇所があった記憶がありましたが、そのとおりでした。

 それ以外の乗り物も乗ったような気もしますが、よく覚えていません。

 私がよく連れて行ってもらったのは、この映像より前です。




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鈴鹿サーキットの設計者は誰?(4)

鈴鹿サーキットの設計者 (ganriki.net)

の続きを追加しました。

 オランダのホンダ販売店の件は前にブログ
JFRMCブログ 鈴鹿サーキットの設計者は誰? (tou3.com)
で書いた内容とほぼ同じです。

 前にも書きましたが「サーキットの設計」とは何なのか? が整理されないままの論争は不毛です。そして、中島氏のウェブサイトにある
ジョン・フーゲンホルツ氏が鈴鹿サーキットの設計者である証拠リスト (takahikonakajima.com)

の「誰々が鈴鹿サーキットの設計者はフーゲンホルツと書いた」云云に大した意味はありません。「誰々はなぜそのような判断をしたのか」が大事です。




鈴鹿サーキットの設計者は誰?(3)

鈴鹿サーキットの設計者 (ganriki.net)

に加筆し、さらに続きを追加しました。

 サーキットの設計を「概略設計」と「詳細設計」に分け、

鈴鹿サーキットの概略設計者はフーゲンホルツ/塩崎である

としました。どちらか一人だけに限定するなら

鈴鹿サーキットの概略設計の大部分はフーゲンホルツが行った

になります。

鈴鹿サーキットの設計者 (ganriki.net)
は次回で終わりにします。




 

自転車サイドカー

MASA(航空宇宙・軍事) on X: "じ、自転車に乳母車を連結してサイドカーに!? 面白い発想だなぁ。でもバイクと同じ事をしてるんだから何も不思議はない発想ですね。 前後に子供を乗せるより安全に見えますが、やはり小回りが効かないとか狭い道を通れないとか、実用上の問題があったのでしょう。" / X


 モーターサイクルが登場する前から自転車サイドカーがありました。ですからモーターサイクルが登場するとモーターサイクルサイドカーが当然のように生まれました。

  私はこんな自転車サイドカーを見た記憶があります。
image.html (800×533) (cocolog-nifty.com)

 畳屋さん、ガラス屋さんがサイドカーに製品を横向きに立て、片手で支えていました。ですから片手運転ですね。住んでいたのは高低差が少ない地域だったからかな。

 最後に見たのは1973年頃だった記憶です。

鈴鹿サーキットのストレート部の長さ

鈴鹿サーキット - Wikipedia では

メインストレート 800m
西ストレート 1200m

になっています。

鈴鹿サーキットの公式数字は
suzuka_courseguide.pdf (suzukacircuit.jp)

メインストレート 約800m
西ストレート 約1000m

です。

 しかし、開業(1962年)当時の雑誌掲載のコース図からすると

メインストレート 770m
西ストレート 890m

辺りです。1980年代に第1~第2コーナー、スプーンカーブが少し内側に小さくなっていますから、今はこれより少し短くなっているでしょう。

 ホームストレートの公式数字「800m」は770mの四捨五入になりますが、西ストレート「約1000m」は少しサバを読んでいるのかなと思います。

開業時の雑誌掲載図

 現在の鈴鹿サーキットをgoogleで距離測定したもの


 もちろん、Wikipediaの「1200m」は論外です。





 




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