レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
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81シーズン前にヤマハが公開した0W54の写真です。
81年にライバルとなったスズキXR35(RGΓ500)はもちろん、1980年型のXR34と比べてもエンジンが大柄な印象を受けます。前後シリンダー間にも隙間があります。シリンダー前の可変排気ポート高機構(ヤマハ・パワー・バルブ・システム=YPVS)作動部を避けるためラジエータは凹を180度ひっくり返したような形で、前面面積は従前より減少しています。厚みは従前より増しているようですが、それでも実戦では冷却能力不足になったようです。
パワーバルブはスライド式です。ドラム式(鼓式)ですと、シリンダーを貫通するスタッドボルトでシリンダー・シリンダーヘッドをクランクケースに組み付けることはできないので、いわゆる分離締めになりますが、スクエア4気筒の場合、分離締めでは4つのシリンダーのスクエア中央部の4つのナットを締めることが困難なために、性能比較以前に必然的にスライド式になります。
パワーバルブのサーボモーターは、従前は回転計横に置かれていましたが、クラッチの上あたりにあります。
フレームのダウンチューブの上側が2か所(クラッチの下)凹んでいますが、変速機ギアクラスターを取り出すときにカバーのボルトを緩めるための逃げです。スズキXR40(82年型RGΓ500)の一部のフレームでも例があります。
前フォークはフォーク頂部にエアバルブが装着されています。YZR500では78年にセコットのマシンで試みられ、80年から本格的に装着されるようになりました。ボトムケースは前側にリザーボアーがある新型です。
後サスペンションは、サスペンションアームがクッションユニットに直接繋がるのではなく、ロッド・レバーを介しているはずですが、この写真ではわかりません。
前後18インチホイール(モーリス製)でタイヤはグッドイヤーです。
このフレームによく似たフレームのマシンが81年500㏄第1戦オーストリアGPで用いられたようです。そして、シーズン中、少なくとも2種類の改良型フレームが投入されました。
(続く)
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ヤマハは1973年から2ストローク並列4気筒マシンで500㏄世界選手権に本格参戦していました。吸気方式は1976年まではピストン・リードバルブ、1977年からはピストンバルブでした。一方、スズキは1974年から2ストローク・スクエア4気筒でロータリーディスクバルブ吸気でした。
ヤマハは1960年代に125/250㏄クラスにロータリーディスクバルブ吸気2軸クランクV型4気筒レーサーを走らせていたにも関わらず、スズキの二番煎じの印象を与えるスクエア4気筒をなぜ開発したのでしょうか?
それは振動の問題だと思います。2軸クランクVで2軸とも同方向回転の場合、1982年に登場した0W61のようにV角を40度とするなら、点火間隔を140→40→140→40度にすれば1次慣性力を釣り合わせることができるのですが、トルク変動する軸同士をギアで繋げる場合は2軸間で2気筒ずつ同時点火にする必要があり(参考頁)、1次慣性力を偶力が生じないように釣り合わせることはできません。その対策に時間を要することが懸念されたのではないでしょうか?
もちろん、十分な時間があればスクエア4気筒を開発する理由は少なくなります。しかし、79年のチャンピオンマシン0W45をベースにした市販レーサーTZ500を1980年に登場させたのは、その頃はヤマハとしては並列4気筒レイアウトに自信があったからだと思いますが、1980年シーズン後半には並列4気筒でスズキの攻勢に対応することは無理になっていたという切迫した状況が、ヤマハにV型4気筒の前にスクエア4気筒を開発させた理由ではないかと考えます。
(続く)

これまでの記述をまとめるとともに、若干補足します。以下の記述中、実際に形状等が変化した年については、ずれがある可能性が十分あります。 1 1972年 (1) 市販レーサーTD-3/TR-3のクランクケースは一般市販車DX250(DS7)/RX350(R5)のクランクケースと基本的に同じ形だが、市販レーサーのロワクランクケース左端ベアリング保持部にサークリップのための溝が加工されている。また、アッパー/ロワクランクケース前端のフレームマウント部の孔が一般市販車より大きくラバーブッシュが嵌められている。いずれも鋳造後の機械加工の差と思われる。 (2) 一般市販車のクランクケースベアリング保持部に鉄ライナーが鋳包みされている。市販レーサーでは鋳包みされていない可能性がある。 (3) クランクケースのアルミ合金、熱処理(有無を含む)が一般市販車と異なっている可能性がある。 2 1973~1975年 一般市販車がRD250/350に(ピストンバルブ吸気→ピストン・リードバルブ吸気)、市販レーサーがTZ250/350に(空冷→水冷)にモデルチェンジ) (1) 市販レーサーTZ250/350のクランクケースは一般市販車DX250(DS7)/RX350(R5)のクランクケースと基本的に同じと思われるが、若干の変更を受けた可能性がある。以下1-(1)に同じ。
(2) 一般市販車のクランクケースは、当初は72年と同じだったようだが、変速機メインシャフト右端カバープレートの装着用ネジ孔部追加等される。つまり、鋳型が一部変化している。市販レーサーのクランクケースは72年と同じと思われる。一般市販車と同様に変化した可能性がないことはないが、変速機メインシャフトカバープレートはパーツリスト上は装着されないまま。 (3) 1-(2)に同じ。 (4) 1-(3)に同じ。 3 1976~1980年 一般市販車がRD250/400にモデルチェンジ。 (1) 一般市販車、市販レーサーのクランクケース右のクランクベアリング保持部周辺のリブが強化される等、共通した形状変化が見られる一方、それ以外(外部、内部)では、共通でない変化もある(これまで記述していないものもある)。一般市販車と市販レーサーのクランクケースの鋳型は共通ではないし、それぞれ72年型のクランクケースの鋳型とも異なる。
(2) 市販レーサーのクランクケースのベアリング保持部4か所にサークリップ用溝が加工される。
(3) 市販レーサーのクランクケースベアリング保持部に鉄ライナーが鋳包みされている。
(4) 1-(3)に同じ。
ヤマハTZ250/350のクランクケースについて、「クランクケース打刻が1979年までDS7/R5のままだったから、クランクケースはDX250(DS7)/RX350(R5)と共通(あるいは流用品)」というような記述を見かけますが、当該ライター氏の判断基準がクランクケース打刻だけではないと信じたいと思います。
そして、私が調べた限りでは、市販レーサーのクランクケースは一般市販車のクランクケースと「共通」でもないし「流用品」でもありません。「基本設計が共通」が適切ではないかと思います。

これは72年のヤマハRX350(R5)のロワクランクケース左側のクランクシャフトが収まる部分です。
この写真のベアリング保持部にどれだけの力が作用するか考えます。ピストンのストローク54mm、コンロッド長108mm、回転数10000rpmとすると、慣性加速度(1次+2次)は上死点3773G、下死点2264Gになります。最大2次慣性加速度は最大1次慣性加速度の25%の大きさで、その向きは上死点では1次と同じピストン方向、下死点では1次と反対でピストン方向です。クランクシャフトのカウンターウエイトを1次慣性加速度の50%釣り合い相当とし、これを差し引いた後の慣性加速度は上死点で2264G、下死点で755Gになります。これに燃焼室ガス圧による加速度が加わります。上死点では2264Gを打ち消す方向ですが、10000rpmからスロットルを大きく戻した状態では燃焼室ガス圧が大きく低下しますので、2264G×(ピストン~コンロッド質量)の力が瞬間的にクランクケースのベアリング保持部にかかることになります。ヤマハ2ストローク250/350cc並列2気筒なら1気筒あたりクランクシャフトメインベアリングが2個ありますからベアリング1個当たりの力はこの1/2です。
ですから、ベアリング保持部の硬さ、強度、剛性が重要で、上の写真を見ると、アルミ合金製のクランクケースのこの部分に別素材が嵌められている、というより鋳包みされています。2ストロークエンジンのクランクケースで普通に見られるものです。
これについて、CLASSIC MOTORCYCLE RACE ENGINES by Kevin Cameron, Haynes North America 2012中、TZ350についての記事では、"Production crankcase were made with cast-in-place iron saddles to support the crank bearings, but the racing case was all-aluminum~" ということです。
ただ、TZ250/350の76年以降のクランクケースを見ると、クランクベアリング保持部に鉄ライナーが鋳包みされているように見えます。これは79または80年型TZ250のアッパークランクケースの左側のベアリング保持部。

残念ながら72TD/TR、73~75TZのこの部分の写真がありません。仮に英文が正しいのなら、クランクケース鋳造工程そのものに差があることになります。
そして、ベアリング保持部への鉄ライナーの有無であれば、より硬さ、剛性、強度が必要な市販レーサーに鉄ライナーを入れるのが当然なのに、市販レーサーにライナーが入って市販レーサーにライナーが入らないなら、市販レーサーのクランクケースのアルミ合金、熱処理(有無を含めて)が違うのではないかという疑問が浮かび上がります。
仮に英文が誤りだとしても、こちら(リンク)で紹介した76年の雑誌記事「クランクケースの強度もRXとTZでは異なっている~」からも、DX/RXと72TD/TR・73~75TZのクランクケースのアルミ合金、熱処理(有無を含む)が異なっているのではないかという疑問が起きます。クランクケースの外観等に大差ないのに強度が高いのなら。
上の計算例から分るように、クランクケース左右の片側に上方向に2264G×(ピストン~コンロッド質量)、もう片側の下方向に755G×(ピストン~コンロッド質量)の力が加わるのですから、クランクケースそのものの剛性、強度も重要なのです。
2ストロークエンジンのクランクケースがどうしようもないものだと、高出力で信頼性の高いエンジンになりえません。
(続く)

実は73~75TZのクランクケース形状がよくわかりません。現存するマシンではレストア、リビルドの段階で他機種・年式のクランクケースを流用しているものもあるでしょう。そもそもレーシングマシンではエンジン積替えが実戦時に行われるのが常ですから、現役を退いた段階でオリジナルのクランクケースでなくなっていることは珍しくなかったと思います。
このTZ350もフレーム番号からすると74年型のようですが、
アッパークランクケース左上面の形状、
クランクケース左後下の赤矢印のリブの形状、
そして、クランクケース右前端に使われないネジ孔部分があること(写真なし)からすると、クランクケースは76年~TZのものではないかと思われます。
ただ、クランクケースの部品番号はTD/TRと73~75TZで共通です。そして、TD/TR、そしてTZプロトタイプというべき72年のYZ634/YZ635の幾つかの写真からすると、TD/TRと73~75TZのクランクケースは共通のようですし、上のアッパークランクケース左上面の形状、クランクケース左後端のリブはTDでは見られないのです。
これらと一般市販車DX/RXのクランクケースは酷似しており、前側フレームマウント部の違い、そして、前回書いたベアリング保持部の溝(サークリップが嵌る)の違いは鋳造後の加工によるものでしょうから、DX/RXとTR/TR・73~75TZのクランクケースの鋳型は同じではないかと思われます。
では、DX/RXとTD/TR・73~75TZのクランクケースの違いは鋳造後の機械加工の差だけなのでしょうか?
(続く)