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レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

ヤマハ0W35(9) 第7戦プラクティスでロバーツが乗ったセコットのマシン

 1978年シーズン当初、セコットには2台のマシンが与えられ、片山、ロバーツには1台しか与えられませんでした。ロバーツには第10戦イギリスから2台体制になりましたが、片山は?

 さて、ロバーツは第7戦ベルギーのプラクティスでセコットのマシン(カラーリングもヤマハカラーそのまま)に乗ったことが知られています。


 このことについて、RACERS Volume 02(2009三栄書房)では、その写真と共に次のような説明があります。
「~初めて走る苦手の公道コース、しかもウェット路面という悪コンディションの予選で転倒、Tカーのない彼は、同じ0W35Kに乗るチェコットのマシンを借りて予選通過を果した」

 MOTORCOURSE1978-79(Hazleton 1979)によると

The day before the race, the rain stopped and was replaced by a warm sun. Seizures had been the fashionable problem during the earlier practice and on the Saturday they set in with a vengeance.
Roberts's 250 seized, and then his 500, after one lap of the final practice.~~~Roberts was out on the track, on Cecotto's spare bike.
です。
  つまり、晴の最終プラクティス1周目でエンジンが焼き付いてしまったために、セコットのマシンにも乗ったとのことです。これからすると、RACERSの記述は誤りということになります。



 さて、セコットに与えられた2台のマシンには、2台のマシンを区別するための印がつけられており、ロバーツが乗ったのは1号車です。セコットが乾燥路面のプラクティスで1号車に乗った写真(おそらく最終プラクティスの前のプラクティス)もあります。
 なお、セコットはレースで2号車に乗りました。

 また、セコットのマシンのタイヤはミシュラン、ロバーツのマシンはグッドイヤーですが、次の理由からロバーツが乗ったセコットのマシンはミシュランのままだったと考えます。

〇後タイヤのハイトが大きくミシュランに見える。
写真はこちら(リンク)
〇セコットの0W35Kは前5本スポーク(カンパニョーロ)、後7本スポーク(モーリス)を装着することが多く、ロバーツの0W35Kは前後7本スポーク(モーリス)でしたが、ロバーツが乗ったセコットのマシンは、前5本スポーク、後7本スポーク。

 MOTOCOURSEの記述からすると、
金曜日のプラクティスは雨、土曜日のプラクティスは晴れでした。ロバーツが土曜日1回目のプラクティスで十分なタイムを出しているなら、2回目(最終)でセコットのミシュランタイヤ装着の、つまり乗りなれてないセコットのマシンに数周乗る必要はないと思えます。
 また、レース本番では本来のロバーツのマシン+グットイヤーで走るのですから、ミシュランタイヤを履いて走ったとしても、本来のマシンのセッティングの参考になるとも思えません。
 
 考えられることは

ケース1
 土曜日1回目のプラクティスで、ロバーツが転倒かマシントラブルで、クオリファイされるタイムが出せなかった。あるいはかなり低順位のタイムしか出せなかった。RACERS の記述はこのことを指しているのかもしれません。

ケース2
 土曜日1回目のプラクティス、晴れたとはいえ路面のあちこちが湿った状態だったため、
クオリファイされるタイムが出せなかった。あるいはかなり低順位のタイムしか出せなかった。

 どちらにしても、ロバーツにとって切羽詰まった状況だったようです。

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ヤマハ0W35(8) 前ブレーキキャリパー等

 シーズン前公開された1977年型0W35に装着された前ブレーキキャリパーは、1976年型0W31(YZR750)で既に使用され、1977年型750㏄市販レーサー・TZ750で標準装備されたものと同じようです。
 

 そして、この前ブレーキキャリパーが実際に使用されたのですが、シーズン終盤、旧型(スチール製)も用いられるようになり、特にセコットは旧型を好んだようです。


 これはイギリスGPプラクティスでのベーカーのマシン。前ブレーキキャリパーは旧型。
 
 なお、エンジン周りにカバーが被せられており、0W35Kと思われます。

 また、2種類の前フォークが用いられたようです。

 1978年になると、
〇サイレンサー:突き出し無のみ
〇前ブレーキキャリパー:旧型のみ
になります。

 そして、セコットの0W35Kの前フォーク頂部にエアバルブが装着されることが多くなりました。片山の0W35Kに装着している例もありますが、片山は好まなかったようです。

 イギリスGPでのセコットの0W35K。前フォーク頂部にエアバルブが装着されています。

 
 第9戦までロバーツは1台体制でしたが、下は500㏄第10戦イギリスでロバーツに与えられた2台目のOW35Kの前フォーク頂部。黒いものはエアバルブを覆うキャップだと思われます。初期荷重調整のための六角穴ボルトか。
 
 ただし、ロバーツはエアバルブ装着前フォークを好まなかったようで、上のマシンはヤマハから与えられた状態そのものと思われます。

ヤマハ0W35(7) サイレンサー等の変化

 1977シーズン前公開された0W35。排気サイレンサー後端に突き出しがありません。
 



 第1戦ベネズエラGP。
 
 突き出しがあります。


 オランダGPでのパワーバルブ無と思われるマシン。突き出しはありませんが、シーズン公開マシンよりサイレンサーが長いようです。
 

 同じオランダGPでのパワーバルブ仕様と思われるマシン。突き出しはありません。
 

 突き出しの有無はパワーバルブの有無とは関係ないようです。実戦で使用されたマシンは突き出し有が多いようですが、コースによってサイレンサー、あるいはサイレンサー+排気管を使い分けしていたようです。

ヤマハ0W35(6) 1978年改良型0W35Kエンジン

 実戦で走った1978年型0W35Kのストリップ(フェアリングを外した状態)の写真を見たことはありませんが、走行中等の写真でシリンダーヘッドが見えるものがあります。

 これは500㏄第8戦スエーデンでの片山の0W35Kで、左端(1番)気筒のシリンダーヘッド左のナットが2本あり、現存するマシンと同じです。

 

 500cc第10戦イギリスでのセコットの0W35K。4番(右端)気筒のシリンダーヘッド右のナットが2本です。


  レース名不明ですが、セコットの0W35Kの右端(4番)気筒。

 赤矢印が点火プラグで、その右(写真手前)にナットが2つあります。
 
 これは500㏄第2戦スペインでの高井幾次郎の0W35Kの右端(4番)気筒。

 赤矢印が点火プラグで、青矢印がシリンダーヘッド右の組付けナットで、シーズン前公表写真の0W35のシリンダーヘッド右後の共締め用ナットの位置にナットはありません。
 フェアリングが邪魔し、シリンダーヘッド右のナットが青矢印の1つだけなのか、その前のナットは写真が暗くて見えないのかは分りません。
 ただ、仮にシリンダーヘッドのナットが1つだとしても、青矢印
のナットの大きさとその位置から、このシリンダーヘッド後側は分離締めと思われます。


   第2戦でこのような変化が見られることから、私は1978年型0W35Kのシリンダー/シリンダーヘッド組付け方法の変更は1978年シーズン前に急遽行われ、これが1978年第1戦でロバーツ、片山に0W35Kではなく0W35が与えられた主な理由(第1戦までに0W35Kの数を揃えられなかった)ではないかと考えています。

ヤマハ0W35(6) 1978年型0W35Kのシリンダー/シリンダーヘッドの組付け方

   1978年、ヤマハはセコット、片山敬済、ケニー・ロバーツの3人体制を採ります。セコットはヤマハ本社契約、片山は(おそらく)ヤマハモーターN.V.、ロバーツはヤマハモーターUSの契約です。


 1978年第1戦ベネズエラ、セコットのマシンは0W35Kでしたが、片山、ロバーツのマシンは0W35で、第2戦スペインで片山、ロバーツにも0W35Kが与えられました。

 再び1978年型0W35Kのシーズン前公開写真。


 黄色矢印がシリンダー分離締めのナット、青矢印がシリンダーヘッド分離締めのナット/ボルト、赤矢印がシリンダー/シリンダーヘッド共締めのナットです。
 なお、0W35ではシリンダー/シリンダーヘッドは2気筒一体ですが、0W35Kは各気筒別体です。


 このように、シリンダー前後で組付け方が異なることは、シリンダーの歪み→焼付きの要因になったようで、1979年の0W45では全て分離締めになります。ただ、単気筒ならともかく、直列4気筒のシリンダー基部のナッの脱着は(1、4番気筒外側のナットを除き)面倒くさかったでしょう。

 これは現存する0W35Kエンジンです。

 
 写真右がエンジン前方向です。


 シーズン前公開写真の0W35Kと異なり、シリンダーヘッド右後の共締めナットが消え、シリンダーヘッド右のナットが1→2に増え、さらにシリンダーヘッド前後にナットが各1あります。


 シリンダー基部の後側には分離締めナットは見えません。シリンダーヘッド右の2つのナットのうち、後ろのナットが共締め用ナットなのでしょうか?
 次の理由からそうではないようです。

〇ナットの大きさが他のナットと同じ。
〇ナットの位置が、本来、共締め用ナットが配置される位置より前にある。
〇ナットの位置からすると、スタッドボルトが収まる部分が掃気ポートと重なってしまう。

 このようなことからすると、現存する0W35Kのシリンダー後側は分離締めで、シリンダー基部のスタッドボルト/ナットは、シリンダー壁外側ではなく内側にあるように思えます。

 この変更はどの時期に行われたのでしょうか?

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