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レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

レイニーの1990年型ヤマハYZR500(0WC1)



 ウェイン・レイニーの元にある1990年型ヤマハYZR500(0WC1)です。
 エンジン番号はYZR500-E-9003のようですね。フレーム番号もYZR500-B-9003のようです。

 エディー・ローソンに割り当てられたフレーム番号等は9001、9002で、レイニーが9003、9004だったようです。

 こちらにもアップしました。
0WC1 1990YZR500 (ganriki.net)
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ヤマハTZ125R

 2ストローク単気筒・背面ロータリーディスクバルブ吸気エンジンです。
1983年 TZ125R(0W37改) - コミュニケーションプラザ | ヤマハ発動機 (yamaha-motor.com)

 


 1984年当時はYSP豊橋南にあったようです。
250_YamahaNews_J_1984.pdf (yamaha-motor.com)

 私は1985年に東海地方の別の場所で見ました。同じマシンだと思います。もう38年前のことですね。

 そして、2005年に関東地方で見たのも同じマシンだと思います。その場所のオーナーにお聞きしたところ、東海地方云云ということでしたから。

 最終的に安住の地を得たようですね。

ヤマハTZ500

 こちらのヤマハ0W45(1979年型YZR500)の記事で、1980年型TZ500について少し触れています。
OW45 YAMAHA (ganriki.net)

 で、1981年型はスイングアームが太くなる等の改良を受け、最終型となる1982年型では外側2気筒が後方排気になります。

 で、このマシン
TZ500 - / Twitter
 
 ですが、4気筒とも前方排気なので1980年型か81年型。スイングアームからすると1981年型ですね。1980年型に1981年型スイングアームを装着したマシンの可能性もありますが。






ビルジニオ・フェラーリとヤマハ0W70

 ヤマハ0W70(1983年型ヤマハ500)はロータリーディスクバルブ吸気でしたが、0W76(1984年型ヤマハ500)にはロータリーディスクバルブに加えクランクケースリードバルブ吸気もあり、エディー・ローソンはシーズン当初からクランクケースリードバルブエンジンを使用しました。そして開幕戦南アフリカでの勝利を含め4勝を挙げ初の500ccタイトルを手にします。

 さて、ローソンが所属したチーム・アゴスチーニのもう一人のライダーはビルジニオ・フェラーリでしたが、彼のチーム内の地位は低く、なかなかリードバルブエンジンは与えられませんでした。1979年ランキング2位だったフェラーリも、ケガの影響で1980年以降の戦績は惨憺たるものでしたから、リードバルブエンジンの数が不足していたのなら止むを得ないとは思いますが・・・
 
 そのフェラーリが1984年シーズン前、0W76ではなく0W70をテストしている写真がありました。

写真1
写真2


 この写真が撮影された時期は不明ですが、フェラーリの皮ツナギにはYAMAHAのロゴがあり、チーム加入後か加入内定後と思われます。

 0W76ではなく0W70に乗った理由は0W76が間に合わなかったからでしょうが、そもそも1984年シーズン当初は0W70に乗る予定だったかもしれません。


 フェラーリが乗った0W70は旧型サスペンション車ですが、
〇フレームバックボーン部に点火コイルが装着されていない
〇シートレール部に(テールカウルを固定するための)ネジ穴がある。
〇スイングアーム下部に補強がない。

 ことから、1983年シーズン前半に用いられたものと思われます。1983年最終戦サンマリノのプラクティスでカルロス・ラバードが乗った

と同一マシンかもしれません。フェアリングは交換されていますが。
 また、前輪は17インチで後輪は18インチです。

 

ヤマハ0W23は1974年に世界GPで勝っていない

 ヤマハは1973年に2ストローク500㏄並列4気筒の0W20を世界GPに登場させ、1974年には後サスペンションをモノクロスに変更し、ジャコモ・アゴスチーニ、Teuvo Länsivuoriに与えました。
 そして、500㏄第7戦ベルギーGPで新型500㏄並列4気筒の0W23がアゴスチーニに与えられ、アゴスチーニは2位入賞しました。

 
 そしてLänsivuoriが次戦スウェーデンGPで優勝します。これがヤマハにとって1974年最後のGP500優勝でした。
OW20-OW23 (ganriki.net)


 ヤマハのこちらのサイト
Movistar Yamaha MotoGP |Bikes
では、0W23が1974年、1975年に6勝したことになっています。ヤマハは1975年500㏄クラスで5勝していますので、6-5=1勝は1974年ということになります。第7戦で0W23が登場したので第8戦スウェーデンの勝利が0W23によるものだとしているのでしょう。

 何回も繰り返しますが誤りです。
 こちらでは1974年のヤマハファクトリーの3勝は全て0W20によることになっており、これが正解です。
YZR500(0W20) - レース情報 | ヤマハ発動機 (yamaha-motor.com)


 これはベルギーGPスタート前の写真。
Classic GP: Spa-Francorcamps 1974 - Classic Racer
 

 ゼッケン4がアゴスチーニ、64がLänsivuoriで、アゴスチーニの0W23がLänsivuoriの0W20よりずっとスリムなことが分ります。

 そして、これが第8戦スウェーデンのスタート前。

 元はカラー写真で、こちらにあった。
Photo Album (e-monsite.com)


 ゼッケン3のLänsivuori、ゼッケン2のアゴスチーニの何れのマシンも同じ0W20で、フェアリング下部のみ異なることが分ります。
  第4戦イタリアでの写真と比較してみてください。



 スウエーデンGP500㏄の優勝マシンは0W23ではなく0W20です。

 0W20と0W23の区別がつかない人にとってはどうでもいいことなのでしょうが。

 





 












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