レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
https://4-stroke.net/105-articles/1781-japan-enters-the-benelux-1963.html
1963年9月のオランダ語の記事の英語訳です。ホンダ50㏄が1963年の4年前からHet Motorpaleis(ロッテルダム)、R.A.M.O.(エイントホーフェン)により輸入されていたことが書かれています。
ということを
https://jfrmc.ganriki.net/zakkan/suzuka/suzuka.htm
に加筆しました。
記事の写真ですが、右側のMZの輸入元もHet MotorpaleisとR.A.M.Oです。
以前、ホンダのウエブサイトにあった「レーシングの源流」では、ホンダとフーゲンホルツの関わりについて次のように書かれていました。
「すでにヨーロッパでの活動によって多くの知人を持っていた飯田は、オランダでホンダ製品を取り扱うモーターサイクルディーラー、ヘッド・モト・パリス(注:Het Motorpaleis)のオーナーMr.モーカルク(注:Moerkerk)にその件を相談してみた。彼は、世界GP挑戦初期の不慣れなホンダ・チームの転戦に同行し、物心両面に渡って多大な世話になった人物であり、飯田とも心が通う信頼の置ける人物だった。そのモーカルクが推したのは、同じオランダ人のジョン・フーゲンホルツという人物だった。」
Het Motorpaleis(ロッテルダム)のMoerkerkについて飯田は次のように語っています(昭和二輪レ-ス史1950~1980(八重洲出版2008)) 。