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JFRMCブログ

レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

RT63-RT67Ⅲその2

部分公開しました。http://jfrmc.ganriki.net/rt63-rt67/rt66-rt67.htm


 今後、RT63改A、RT65、RT66、RT67Ⅱ/Ⅲの違いについて若干触れます。今回の記事で1966年のRT66にはアルミフレームとスチールフレームがあり、スチールフレームに2種類あったことがフレーム番号から推察されるとしていますが、そのあたりについても少し詳しく書きます。

 その上でディーター・ブラウン、Cees van Dongenが1969年以降に用いたマシンについても触れることにしていますが・・・こちらのブラウンのマシン(1971年の状態)はRT67Ⅱエンジン+RT66スチールフレームのように思えます。

https://knmvwegraces.wordpress.com/wegraces-deel-2/1971-sterglas-racing-dieter-braun-suzuki-125/
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スズキの手を離れた125㏄2気筒

 スズキ2ストロークによるGP優勝について整理していますが、各優勝毎のマシン名についても整理しています。ただ、1975年以降のマシンについては、以前はデタラメ記事が蔓延していましたが、最近はそうでもないようですし、1960年代については、元スズキの中野広之氏のhttp://www.iom1960.com/で整理されているので、新たな内容はありません。

 ただ、54勝のうちスズキの手を離れた125㏄2気筒が1969~71年に9勝しています。ディーター・ブラウンの5勝、Cees van Dongenの1勝、バリー・シーンの3勝です。これらのマシンがどんなマシンなのかについても触れておく必要があります。

  元スズキの中野広之氏のこちらの頁
http://www.iom1960.com/1968/1968-honbun.htmlでは、アンシャイトにRK67とRT67Ⅱが貸与されたとありますが、グレアムにもRT67Ⅱが貸与されました。
 また、アンシャイトの自伝「王座への道」(1969八重洲出版)によると、1966年、アンシャイトは50㏄のみの契約だったが、125㏄マシンも貸与されたということです。そして、アンシャイトは1967年にも66年型マシンを貸与され世界GPに2戦出場しています。スズキのGP撤退後もこのRT66がアンシャイトの手元に残りました。したがって、1968年シーズン開始時に、グレアムのRT67Ⅱ、アンシャイトのRT67ⅡとRT66の計3台がヨーロッパにあり、1969年以降この3台が他者の手に渡ったのです。

 そんなわけでhttp://jfrmc.ganriki.net/rt63-rt67/rt63-rt65.htmの続編も書きだしました。

ヤマハとホンダの

「GP〇〇勝」サイトに触発されて、スズキ2ストロークマシンによるGP優勝を整理しています。

 スズキ2ストロークによる勝利数は(集計中)155154勝で、最多優勝ライダーはヒュー・アンダーソン(1962~65)、ケビン・シュワンツ(1988~94)の25勝です。スズキといえば、バリー・シーンを思い浮かべる人も少なくないと思いますが、バリー・シーンは21勝で、そのうち500㏄クラスでは18勝で他の3勝は125㏄クラスです。シーンが1971年125㏄クラスで挙げた3勝は125㏄2気筒のRT67-Ⅱによるものです。

 なお、シーンは他に50㏄クラスでクライトラー、500㏄クラスでヤマハに乗り、各1勝しています。

訂正

ヤマハ0W54(1981年型YZR500)
http://jfrmc.tou3.com/その他/ヤマハ0w54-1981年型yzr500-

で2軸間で同時点火にする必要があることに言及し、参考頁にリンクさせていますが、リンク先を間違えていました。申し訳ありません。正しくはこちら。上のブログ記事も修正しています。

http://jfrmc.ganriki.net/zatu/2crank/2crank.htm

ヘイルウッドのヘルメット等

 こちらにアップしました。http://jfrmc.ganriki.net/zatu/67hailwood/67hailwood.htm

 この写真、1977年に初めて見ました、レース名が書いておらず(書いてあったとして信用できるかどうかは別ですが)、どのレースで撮影されたのか、当時は分りませんでした。


 1979年にホンダ6気筒について調べ出し、250と297のフレームが違うことにも気が付いたのですが、ヘイルウッドのグローブに何種類かあること、ヘルメットのホンダ・ウイングマークの向きが左右それぞれあることが分りました。

 1979年頃は各レース毎の写真も見ることができませんでしたが、上の写真については、マシンは250らしいこと、そしてヘルメット、つなぎ、グローブから67年のマン島、オランダ、ベルギーらしいことがわかり、マン島250でヘイルウッドがゼッケン7だったことは知っていたので、オランダかベルギー・・・この風景からするとオランダではないかと考えたのです。もちろん、今では1966-67年にヘイルウッドが出場した全世界選手権レースのゼッケン番号を把握していますので、もっと簡単に世界選手権名を特定できます。
 ウイングマークの向き等の変化は絶対的な判断基準ではありませんが、私にとっては、今でも写真のレース名を特定する際の大事な参考データです。

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