レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
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(4) naga on X: "ただねトルエンのRONは120 これの84%だと100.8≒101なんよね 非線形混合で2も上がるか?って疑問が..... トルエン違ってトルエン主体でキシレンとかとの混合芳香族の事じゃ無かったん?って疑ってはいますけどねw" / X
リサーチ法オクタン価(RON)のFIA基準は103ではなく102です。また、トルエン84%+n-ヘプタン16%燃料のRON実測値(ホンダ)は101.8です。
トルエンのRONを120.1(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcombsj/54/170/54_217/_pdf/-char/ja の表2 ) とすると、この燃料のRON計算値(体積分率による※)は100.88になりますから、実測値と計算値の食い違いは0.9です。
この食い違いの理由ですが
〇密度の違い
トルエンの密度はn-ヘプタンの1.27倍です。ですから
トルエンの体積含有率84%は重量含有率86.9%に相当します。これでRONを計算すると104.4になります。
〇基準燃料作成法の違い
RON100以下と100超では基準燃料の作成方法が全く異なるので、RON100超の成分とRON100以下(この場合はRONゼロ)の混合燃料の実測RONが計算値と差が出るのは当然です。
なお、RON100の標準物質・イソオクタンの密度は0.692、RONゼロの標準物質・n-ヘプタンの密度は0.6795で、両物質の密度はほぼ同じです。
※ホンダのペーパーには体積比なのか重量比なのか書かれていませんが、混合後の比重からすると体積比です。

1975年頃には、排気量とエンジン出力の関係
〇排気量に比例し、気筒あたり排気量の1/3乗に反比例する
排気量と回転数(リンク)
に気が付いていました。それで、F750のホンダが参戦したら面白くなると思ったものです。
当時のトップチームのDFV(3リッターV型8気筒)の最高出力を470PSとして、この関係を4ストローク750㏄並列4気筒に当てはめると
148PS
になります。これはクランクシャフト出力なので、変速機出力に換算(伝達効率95%)すると
140PS
です。そして1976年から始まった騒音規制が適用されると
130PS
程度でしょうか?
ヤマハ0W29(1975年型YZR750)が走っていた1975年ならともかく、0W31が登場した1976年では4ストローク750で勝てる可能性はかなり低くなったでしょう。
そして、ホンダの関心はF750ではなく耐久レースに向いていたのです。

一般市販車を目指したかのようなマシンが現存しています。
Bonhams Cars : c.1974 NVT 'Cosworth' Experimental Prototype Frame no. none Engine no. none
クランクシャフト左端からベルトで駆動されるシャフトAの回転数はクランクシャフトの1/2程度のようですので、このシャフトから排気カムシャフトにギアで繋がるようです。この駆動経路はP86レース用エンジンとは全く異なりますし、バランサーシャフトもないようです。
また、シャフトAの右端には発電機等が配置されているようです。
エンジン下にオイルフィルターがあり、その前の部品に2本のホースが接続されていますが、水冷式オイルクーラーでしょうか?
そして、変速機は別体で、ノートン・コマンド850の変速機を左右入れ替えたものようです。ですから、ノートン・コマンド850は左チェーンですが、このマシンは右チェーンです。
フレームはダブルクレードルで、エンジンがラバーマウントされているように見えます。
このマシン、外観からすると計画の初期段階で試験的に製作されたエンジンを搭載して、エンジン本設計の参考にしたもののようです。
ただ、このマシンに「P89」と手書きされたアルミ板が貼られていることが気になります。単純に考えるとP86の後のプロジェクトですから、P86をベースに製作された一般市販車用テストエンジン搭載車ということになりますが、P86という変速機一体のエンジンを製作した後で、変速機別体のマシンを意図するとは思えません。ノートン混乱の時期に、手書きのプレートを付けた人が間違えてP89と書いたのでしょうか?

F750としてのノートン チャレンジP86に対する私の評価を一言で言うなら「これで勝てると思ったの?」です。
1 二輪レースエンジンの出力表記は変速機出力シャフト測定のことが多いが、1973年時点、DFVの1/4で115HP、変速機出力シャフト換算で109HPで勝てるという目論見は、カワサキH2R、スズキTR750が改良されない、そしてヤマハTZ750が登場しないことが前提だった。
2 一般市販車用を考慮したエンジン設計で、109HP(変速機出力シャフト)は出せそうもなかった。
3 二輪と四輪の差を全く考慮しないフレーム構成だった。
3について補足すると、新しいことに挑戦することを否定しているのではありません。ただ、新エンジンを開発するのであれば、車体は冒険を避けた方がエンジン開発が比較的円滑に進むでしょう。新開発エンジンを新形態のフレームに搭載するのであれば、十分な開発体制を整え、迅速に開発を進め、新形態フレームの是非を見極めるべきでした。
しかし、当時のノートンには人員、資金の余裕がなく、コスワースもDFVの改良で多忙でした。開発は遅々として進まず、その間にライバルマシンの改良はますます進むこととなり、このプロジェクトは見切りを付けられることになりました。