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レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

ビッグバン仮説

ビッグバン仮説 (ganriki.net)
の終わりの追記1で、自動車技術会2007年春季大会におけるヤマハの古沢氏の講演を紹介する英文記事にリンクしていましたが、古沢氏の講演資料がネットで公開されていたので、リンクするようにしました。

 古沢氏の講演資料は下のとおりです。
(1) (PDF) 08JSAE_CROSSPLANE.pdf | MASAO FURUSAWA - Academia.edu
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1968年型RD05A

RD05A YAMAHA の中の1968年型の写真



 ですが、いずれもマン島で撮影されたものらしく、エンジン/フレーム番号はD05803/R05803という結論になりました。

半世紀前に250ccのV4が存在した!「YAMAHA RD05A」【心に残る日本のバイク遺産】2サイクル250cc史 編 - webオートバイ (autoby.jp)
に現存する68年型の写真がありますが、上の写真のマシンとは前フォーク(カヤバかチェリアーニか)、点火システム(トランジスタかマグネトか)、シフトペダル(左か右か)、左ハンドル下のステアリングダンパーの有無等の違いがあります。
 記事の中身は、相変わらずRD05:90度V、RD05A:70度Vという1973年に始まった誤りを踏襲しているレベルですので、暖かく読んでください。




ヤマハRA31A・RD05Aの点火サイクル

 2ストローク2軸60度V型4気筒のこれらのマシンの点火サイクルは180度間隔2気筒同時点火です。このことについて、
2軸クランクエンジン (ganriki.net)
で「1968年型ヤマハRD05A(2軸60度V型4気筒)の写真を見て、180度間隔2気筒同時点火である可能性が高いことに気が付いた」と書きました。実際に気が付いたのは1979年頃です。

 現存するRD05Aはトランジスタ点火です。
RD05A YAMAHA (ganriki.net)でヤマハのペーパーも紹介しています。

 2軸60度V型4気筒の1次慣性力の釣り合いからすると、60-120-60-120度間隔がよいのですが、トランジスタ点火のRD05Aのこの写真に写るpick-up platesが90度間隔に配置されているので、bladeがエンジンと等速回転で90度間隔点火ではないかとまず考えたのです。

 ところが、この場合、上死点前だけでなく下死点前でも点火プラグが発火することになります。2ストロークエンジンでそういう例はありますが、1960年代にそのようなことをしていたのだろうかという疑問が湧きました。

 そして、この写真は1968年型RD05Aですが

 2気筒用マグネトを2基装着しています。当時、2ストローク2気筒レーシングエンジンではエンジンの1/2回転のマグネトを使用していましたので、これのマグネトも1/2回転でしょう。とすればトランジスタ点火仕様も1/2回転で180度間隔点火の可能性があると考えました。そして、次の理由からその可能性はかなり高いと考えたのです。

1 1968年型にトランジスタ点火とマグネト点火の2種類が存在したことから、1968年シーズン当初、トランジスタ点火仕様の開発があまり進んでいなかったことが窺えます。実戦で2種類の点火系を使用するのに、その点火系の回転数を変えるようなことをするとは思えない。
2 1968年2月にホンダがGP撤退を発表しており、ヤマハにとって1968年型マシンの開発を進める理由は少なくなっており、トランジスタ点火の開発が1968年に行われたとするなら、わざわざ点火系の回転数を変えるようなことをするとは思えない。

 当時はRD05A、RA31Aの現物を見たこともなく、手持ちの雑誌、本に掲載された写真も少なく、トランジスタ点火仕様の点火系の周辺がどうなっているか分らなかったのですが、
1988年になって現物を見て、トランジスタ点火仕様であっても、2気筒用マグネトとクランクケースが共通(2つあるマグネト装着部の1つは使用しないので蓋されている)ことがわかり、180度間隔同時点火に間違いないと判断しました。

 ただ、この頃になっても、2軸間で同時点火にしていた理由までは分らなかったのです。2軸クランクエンジン (ganriki.net)


ホンダRC165、2RC165のクランクシャフト平均軸径

RC166 HONDA (ganriki.net)(その1) 中、「2 1965年」の最初のところで次のように書いていました。

別冊モーターサイクリスト誌2000-6号のRC166特集では、2RC165について「~フリクションロス低減のためクランクピン径とジャーナル径を縮小している。」と書かれている。本記事は1994年の「HONDA R&D Technical Review」に掲載された「世界二輪グランプリレースに出場したホンダ レース用エンジンの開発史」(以下「前編」)及び「ホンダの二輪レース用機関の出力特性-機関諸元の選定-」(以下「後編」)を参考にしているようで、前編の諸元表には2RC165の欄に「クランクピン径とジャーナル径を縮小」と書かれている。
 
 しかし、後編のTable3のRC165、2RC165、3RC165、RC166のクランクシャフト平均軸径は16.2㎜で変わらない。また、ボア×ストロークとクランクシャフト平均軸径から計算される「諸元係数」も4機種共同じ値が記載されており、後編Fig8の諸元係数のグラフも同様である。このようなことから、前編の「クランクピン径とジャーナル径を縮小」は4気筒の2RC164の欄に記載すべき文が誤って2RC165の欄に記入されたもので、別冊モーターサイクリスト誌の記事はその誤りをそのまま引用したものと思われる。

これを、次のように修正しました。合わせて
RC166 HONDA (ganriki.net)(その3)中「8 諸元等」も修正しました。
申し訳ありません。


別冊モーターサイクリスト誌2000-6号のRC166特集では、2RC165について「~フリクションロス低減のためクランクピン径とジャーナル径を縮小している。」と書かれている。本記事は,、元ホンダの八木静夫氏らがまとめた1994年の「HONDA R&D Technical Review」に掲載された「世界二輪グランプリレースに出場したホンダ レース用エンジンの開発史」(以下「前編」)及び「ホンダの二輪レース用機関の出力特性-機関諸元の選定-」(以下「後編」)を参考にしているようで、前編の諸元表には2RC165の欄に「クランクピン径とジャーナル径を縮小」と書かれている。
 
 しかし、後編のTable3のRC165、2RC165、3RC165、RC166のクランクシャフト平均軸径は16.2㎜で変わらない。また、ボア×ストロークとクランクシャフト平均軸径から計算される「諸元係数」も4機種共同じ値が記載されており、後編Fig8の諸元係数のグラフも同様であり、前編の記述と矛盾している。

 一方、八木静夫氏がまとめた「ホンダエンジン開発史」では、RC165のクランクシャフト平均軸径は17.23mm、2RC165及び3RC165のクランクシャフト平均軸径は16.23mmとなっている。「17.23mm」という具体的な数字が記載されていること、本文中に2RC165について「~16.23としてPmltの低減を図るとともに」とあることから、RC165→2RC165の過程でクランクシャフト平均軸径が縮小されたものと思われる。したがって、後編中のRC165の諸元係数の値は解析ミスによるものと思われる。



バリー・シーンに渡ったスズキRS67Ⅱ

スズキRS67Ⅱの記事

RS67 SUZUKI (その1)
RS67 SUZUKI (その2)

のその2で、「TEAM SUZUKI」(by Ray Battersby, Osprey 1982)の記述を参考に、シーンがRS67Ⅱエンジンを所有していることについて書き、サミー・ミラー・ミュージアムに展示されているRS67Ⅱのエンジンがシーン所有であったものと推定していました。

 このことについて、TEAM SUZUKIの著者自身から情報提供がありました。上の「その2」のはその内容を加筆済ですが、こちらにもその内容を紹介します。

The story of Barry Sheene's RS67-2 By Ray Battersby, 2021

In 1978, I visited Sheene's latest home, Charlwood Manor at Charlwood near Gatwick airport. Barry showed me around his home and workshops and led me inside one of his private workshops. I noticed a very dilapidated RS67 engine standing inside a wooden crate beneath a workbench. It was the first time that I had seen this motor other than in photographs. Sheene dragged it out and I photographed it from all sides*.

I asked Sheene how he had obtained the engine. He told me that at the end of 1977, he had visited the Suzuki race-shop at Hamamatsu to test the 1978 race machines. During this visit he stayed at the Grand Hotel in Hamamatsu as do all of Suzuki's guests and visitors. He was having a drink in the Grand Hotel Skyline Bar one evening when he met Suzuki's European Sales Manager. During their chat, Sheene asked him what had happened to Suzuki's famous old racing machines.

The next day, Barry was taken to a small store-room at the Suzuki factory, somewhere near the lakes used by Suzuki to test their outboard engines. Inside that small store-room were many old experimental racing machines (such as RF750) and amongst these old machines, Sheene found a small wooden shipping crate. He lifted its lid and found the RS67 125 V4 engine inside. Sheene pestered his Suzuki contacts to let him have the engine and eventually they agreed. After all, Sheene was Suzuki's first 500cc World Champion. 

The engine was shipped in its original shipping crate to Heron Suzuki GB's race-shop at Beddington Lane, Croydon amongst the 1978 racing machinery. It was not fitted with carburettors, magneto or expansion chambers. Eventually, Sheene and his father Franco Sheene, removed the engine and took it to their own workshops at Charlwood Manor. Soon afterwards, I visited Charlwood Manor on other business and saw the engine in its crate beneath Barry Sheene's work-bench.

It is possible that Sheene's original idea was to build this engine into a modern racing chassis but if that was his idea, he never found the time to do it. It is believed that Sammy Miller may have visited Charlwood, possibly to buy another Sheene racing machine for his museum, and saw the RS-67-2 engine there. A price was agreed and the engine went to Sammy Miller's museum workshop at Christchurch in Hampshire, England.

To complete the engine, Sammy Miller must have bought the carburettors and magneto elsewhere and had new expansion chambers made in the UK. Miller apparently ordered a replica RS67 racing chassis to be made in the UK by a company that used original photographs as a guide for its design, dimensions and shape. Some people believe the replica chassis itself is made of steel tubing, not aluminium alloy as used by Suzuki in 1967.

It is not known whether the power unit is in running order or whether this machine has ever been ridden.

 日本から流出したことは残念ですが、結果的にスクラップになるエンジンが一つ減ったと思えば、これでよかったのかもしれません。

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