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レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。

1978年鈴鹿8時間耐久レースに出場したKR350(5)

 カワサキワールドで開館(2006年)からリニューアル(2016)まで展示されたKR350。

-/601F7821(エンジン番号不明)


 排気管は1978年型とは異なりサイレンサー別体ですし、外装は1982年のアントン・マング車のものです。

 しかし、バッテリー台(黄矢印)があります。


 もちろん、スイングアームピボット上下の穴(写真では上のみ写っています)、ステッププレートの穴、(写真は添付しませんが)バックボーンとダウンチューブを結ぶプレート上の2つの穴もあります。

 このマシンのフレームは元1978年8耐仕様車です。

 なお、このマシンのフェアリング左後下端に穴が開いて排気管が見えています。


 1982年実戦でのマング車はこちら。

 
実戦でのマシンはフェアリングの穴の全域で排気管がはみ出ていますが、カワサキワールドのマシンではフェアリングの穴の後半分は排気管がはみ出ておらず、穴が排気管に対して大き過ぎます。

 また、1982年のマングのKR350で用いられた排気サイレンサー(上写真が典型)と、カワサキワールドのマシンの排気
サイレンサーは異なります。

 上のマシンのフェアリングはこのマシン本来のものではありません。

(続く)

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1978年鈴鹿8時間耐久レースに出場したKR350(4) シフトパターン

 1978年鈴鹿8時間耐久レースの後、雑誌の特集記事のために取材に供されたKR350。


 シフトペダルを踏みこむとシフトシャフトは時計回り(右回り)します。記事では鈴鹿での清原選手の走行写真もあり、このマシンのシフトパターンは清原仕様でしょう。

 1978年筑波フェスティバルでの清原とカワサキKR350。


 これもシフトペダルを踏みこむとシフトシャフトは時計廻り(右回り)します。

 おそらく、清原選手は市販車(の試作車)のテストライダー経験が長かったため、1ダウン5アップのシフトパターンを好んだでしょう。ですから、上写真のシフトシャフトの動きは1ダウン5アップと思われます。


 一方、1978年8耐でのKR350。



もう1台。


 どちらもシフトペダルを踏みこむとシフトシャフトが反時計回り(左回り)しますので、1アップ5ダウン(いわゆるレーサーパターン)になります。


 清原選手がこのパターンを積極的に選ぶとは考えにくく、清原選手と組んだ和田選手が1アップ5ダウンを好んだのでしょう。8時間で撮影されたマシンはいずれも和田仕様のパターンということになります 。


 ペダルの上下どちらにもシフトロッドを装着できるので、ピットイン毎にパターンを変更することも可能ですが、他の写真からすると、清原選手は和田選手に合わせ1アップ5ダウンにしていました。


 

1978年鈴鹿8時間耐久レースに出場したKR350(3)

 1978年12月の筑波フェスティバルで優勝した清原とKR350。


 ステップ周りを拡大したもの。

 ステッププレートに穴(赤矢印)が開いていることが分ります。そしてスイングアームピボットの下はシフトリンケージに隠れて分りませんが、ピボットの上に穴(黄矢印)が空いているようにも見えます。

 また、写真は添付しませんが、燃料タンクのタンクキャップは大きいものが装着されています。

 このような特徴、そして元1978年8耐仕様車は1978年8耐の後に姿を消したわけではなく、その後も姿を見せたこと(後述)から、このマシンが8耐仕様のマシンをスプリント仕様に戻したマシンだとしても不思議ではありません。

 ところで、排気管サイレンサー部にC-12と書かれています。国内で走ったマシンで排気管に何等かの記号が書かれている写真がありますが、排気管の種類と製造番号を表しているのでしょうか。

(続く)



1978年鈴鹿8時間耐久レースに出場したKR350(2)

 これはプラクティス時のマシン。バッテリーが見えます。

 
 これは8耐の後、雑誌の取材に供されたマシンでバッテリーは装着されていませんが、バッテリーを置く台が見えます。

 
 バッテリー台の拡大。



 このマシン、フレームに次の特徴があります。

1 スイングアームピボットの上下に穴が開いている。
2 写真左上、バックボーンとダウンチューブを結ぶプレートに穴が2つ空いている。
3 ステッププレートに穴が開いている。

 3については他のマシンでも例がありますが、世界GPで走るマシンの写真で1,2を見たことはありません。この8耐仕様のマシンは海外に送られることはなく、国内で用いられ続けたものと思われます。

(続く)

1978年鈴鹿8時間耐久レースに出場したKR350

 1978年鈴鹿8時間耐久レースに和田正宏、清原明彦の手によりKR350が出場しました。予選では5位、そしてレースでも上位を走っていましたが、水ポンプ作動ギアが破損し、131周したところでオーバーヒートでリタイア。

 当時、世界GPは日本で開催されておらず、KR250/KR350が国内レースで走ったのは1978年までで、私がレースで走るKR250/KR350を見たのは1978年鈴鹿8時間耐久レースだけになりました。

 このレース、2ストロークマシンではTZ750が1台走りましたが、他はKR350を除けばヤマハTZ350/250、ホンダRS250R(空冷単気筒)が多く出走していました。この中でKR350はTZ350を問題にしない速さ、そして4ストローク1000ccマシンに迫る速さを見せ、「さすが世界GPマシン」と思ったものです。そして独特の排気音も記憶に残っています。もう43年も前のことですが、このレースの時にはKR350が2気筒同時点火ということを知っていた記憶です。


 これはレースの後、雑誌の特集記事の取材に供された8耐仕様のKR350。

 テールカウルのテールランプ、大型タンクキャップが確認できます。このタンクは8耐用の特別なものではなく、世界GPでもよく見かけたタイプです。ただし、通常は大型タンクキャップは装着されずに蓋がされ、蓋の中央部に小さなタンクキャップが取り付けられていました。

 8耐仕様車について、元カワサキ技術者の方が次のように書いています。

「8耐に出走させるためヘッドライト・テールランプを装着。ジャネレーターも装備、カウルの改修と外観だけは「8耐仕様」になったが、エンジンは基本的にGPスペックのままである」
1枚の写真・・・その8-真夏の祭典「鈴鹿8耐」  - Sam'sダイアリー (goo.ne.jp)

 他の写真からすると、カワサキはこのレースのために2台のマシンを製作したようです。上の写真のマシンはレース本番出場マシンそのものではないようですが、ジェネレーターは見当たりません。レース本番車には装着されていたのか、取材車は取材前に外されたのか、ジェネレーターを装着せずバッテリーのみで灯火を持たせる計画だったのかは分かりません。

 (続く)

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