レーシングマシンについての記事は「その他」にもあります。
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Amazon.co.jp: スズキ モーターサイクル史―2ストロークマシンの系譜 1952-1985 : 相原 俊樹, 自動車史料保存委員会, 自動車史料保存委員会: 本
の132頁の写真説明「1978年、渡辺明と~RA78」ですが、明らかに誤りですね。RA78なら後サスペンションが2本クッションユニットですが、写真のマシンはフルフローター(1980年に登場、1本クッションユニット)ですから。
写真のマシンは1981年のRA81でしょう。
さて、渡辺明は1978年125㏄MX世界チャンピオンですが、1978年11月前後でしょうか(1979年かもしれません)、NHKの番組で紹介されたことがあります。
幾つかの記憶がごちゃ混ぜになっている可能性があるので、話半分で聞いてください。
1976年頃、NHKのクイズ番組(たぶん「ホントにホント?」)に、回答者ではなく、クイズのお題関連で片山義美(日本GP優勝の4輪ドライバーとして)、鮒子田寛+マーチ752が出演したのを記憶していますが、これと同じ番組だったように思います。
本人が出演したのではなく、走行映像が紹介されただけのような記憶です。私の両親に「この人、世界チャンピオンだよ」と話したのをはっきり記憶しています。
番組のお題はMXではなく、バイク全般でした。
バイクの逆操舵(例えば、左に旋回する時のきっかけとして、意図的にハンドルを瞬間的に右に切る)の映像があったりしたので、MXの映像はバイクのコントロールの難しさを語るためのものだったのでしょう。
番組の終わりで、エンジン騒音が出ないように改造した(不細工な)ガソリンエンジンバイクをスタジオに持ち込み、こんなバイクだったらいいのに、というまとめ方をしており、NHKらしいなあと思った記憶です。 PR

公開校正のRACERS Vol.76 TZ500(リンク)で、Wikipediaの誤った記事を参考にしたと思われる記事がRACERS Vol.76 TZ500にあることを書きましたが、その
1980年の全日本ロードレース選手権 - Wikipedia
が修正されていました。
例えばA750のランキング表は次のように修正されました。
修正前
この修正が公開校正のRACERS Vol.76 TZ500の修正ランキング表(リンク)を参考にしたものかどうかはわかりませんが、修正されたこと自体嬉しいことです。ただ、鈴木修の順位等が私の修正版ランキング表と異なりますが・・・
他の記述も大きく改善されましたので、一読の価値ありです。
で、RACERSの改訂版が出ることはないのでしょうね。
ヤマハ0W69(700㏄)は0W60(1982年型YZR500)をベースにしているといわれています。
ヤマハコミュニケーションプラザのフェイスブックにシリンダーヘッドを外したエンジン写真があります。
(9) Facebook(エンジン)
この写真と0W60エンジン写真(下)と比べると
0W60の方がシリンダー間の隙間(白矢印)が大きいこと、スタッドボルトが通る穴の横の小穴(黄色矢印)の位置が少し異なることがわかります。
0W60→0W69でボアが10mm広がったので、スタッドボルトの位置が同じなら、0W69のスタッドボルトとシリンダーの間は5mm短くなったはずですが、写真ではよく分りません。ただ、スタッドボルトとシリンダー外壁の間は0W69で少し長くなったようにも見えます。
0W69エンジンレストア後のエンジン暖機。
(9) Facebook(排気音)
RACERS Volume 78を買いました。1981年のモリワキモンスター(モリワキ・カワサキ1000)特集です。
1981年の鈴鹿8時間は現地観戦していましたが、ガードナーが予選でコースレコードを記録した時は興奮しましたね。パドックパスを買っていたので、この時はピットの屋根の上で見ていました。
Wayneは英米ではウェインですが、予選のピットで、ガードナーの彼女らしい女性が「ワイン」と呼んでいたので、オージーイングリッシュなんだなあと感じたのも44年前の思い出です。
64頁~に当時、モリワキの社員で、後に独立してオーヴァーレーシングを設立した佐藤健生さんのインタビュー記事があります。健生? 私が佐藤さんの名前を知ったのは1974年にノービス125㏄で活躍していた頃の雑誌記事からで、それ以降「健正」しか知らないのですが、64-66頁では全て「健生」で統一されています。67頁の写真説明では「健正」ですが・・・
最近のネット上の記事でも「健正」だし、ライターさんの誤記でしょうか?
また、「’76年にはノービス125㏄でチャンピオンにもなっている」(64頁右列)は「’74年」の誤りです。